無名の運転手の日記 T

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2001年 5月

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日 付題 名
5月 6日(日) 今日は公休日・・・。
5月 7日(月) 花は買いましたか・・・。
5月 8日(火) きゅうじょうへ・・・。
5月12日(土) メンタルホリデー・・・。
5月13日(日) 東京文化会館へ・・・。
5月19日(土) 東京タワーのてっぺんは・・・。
5月21日(月) 現場のたかしです・・・。
5月25日(金) たった一言・・・。
5月27日(日) 明け方の慟哭・・・。



  2001年 5月 6日(日)   今日は公休日・・・。
昨日、ホームページを開設してから、色々な思いが頭の中を駆け巡っている。
こんな幼稚なHPで申し訳ない気持ちで一杯だ・・・。
でも、閲覧して下さっている方々の優しい眼差しを感じている。
「焦らないで、ゆっくりね・・・」そんな声が聞こえる。
 
内部に掲示板は設置しないが、一番下のワンちゃんをクリックすると、「伝言板」が有ったりする・・・。
こちらでは、ファン同士の、日常の何気ない会話を交わして頂けたら、と考えている。
その日の気分で使い分けて貰えたら、それで良いと思う。
別に、厳密な区別など必要ないけれど・・・。

明日は、お仕事だ。
どういう出会いが待っているのだろうか・・・。
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  2001年 5月 7日(月)   花は買いましたか・・・。
夕刻の青山通りで、ジーンズ姿の若者が手を挙げた。
男性かと思いきや、女性であった。酷く疲れたご様子・・・。
行き先をお尋ねして走り始める。
渋滞で、なかなか進まない。
すると、いきなり「花を買いましたか?」という声がする。
こういうときは、難しい。携帯電話の可能性も有る。
こちらとしても、返事も出来ない。しばし無言・・・。
(やっぱり、携帯電話でお話中なのであった。)

通常は、「もしもし」とか、前口上があるから、「携帯電話」をご使用中と言うことが分かるが、いきなり「本題」とは・・・。
某テレビ局のスタッフらしい。

以前も、上品そうなご婦人が、「巨人・ヤクルト戦」のことを、携帯電話でいろいろと話されていた。
そうして下車されるときに、こう仰った。
「運転手さん、とうとうお返事をして下さらなかったのね・・・。寂しかったわ。」
「しっ失礼いたしました!」
 
このときは、あまりにもお上品な口調だったので、てっきり携帯電話で話されていると思いこんでしまった。
しかも、途中で「独り言」も入っていた。
 
また、いきなり「右、右!」とか「その左側」とか言われることも有る。その時も、携帯電話のお相手とのお話であった。
慌てて車線を変更しそうになった。

携帯電話って怖いな・・・。
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  2001年 5月 8日(火)   きゅうじょうへ・・・。
本格的に雨が降り出した。
某ホテルにお客様をお送りした直後、近くの公立宿泊施設の方から、手招きをされる。
そのまま車寄せにつけると、老齢のご夫婦らしき方2名がご乗車になった。
行き先を尋ねると「きゅうじょうへ・・・。」とのお返事。
(キュウジョウ?神宮球場だろうか?ヤクルト戦を見に行くのかな?)
「きゅうじょうと申しますと、どちらの?」
「きゅうじょうですよ。皇居の!」
「ほぇっ・・・?」
「球場」ではなくて、「宮城」なのであった。
よく見ると、お客様は燕尾服で、ご婦人も正装である。
 
自慢じゃないが、皇居内部は走行した事がない。
「○○門から入って下さい。」と言われても、その「○○門」がどこに位置するか分からない。
「お客様、昨年はどちらから入られましたか?」
「叙勲は初めてですから・・・。皇居も初めてです。」
(う〜ん、まいった。)
フジ子・ヘミングは、2年連続でゴールドディスク大賞を受賞したのに、叙勲は2年連続というのは、無いらしい・・・。
正直に、「分かりません」と申し上げて、車を左に寄せて、地図で調べたが、分からない。お客様と3人で必死になって調べた。
どうにか○○門を見つけて出発した。
「春の叙勲」の為に、地方から来られたというお客様は、別に「地理不案内」を責めるでもなく、終始穏やかで、大らかなお人柄を感じられた。流石に「その道」を極めて、勲章を授けられようとする方は、やはり人物のスケールが違う。
まるで、フジ子・ヘミングのように、寛大であった。
どうやら、無事に皇居内の車寄せに到着したときには、すっかりお客様とうち解けて、笑いながらの到着となった。
金モールを沢山付けた服を着た、お出迎えの方々の前でも、私達はゲラゲラと笑っていた。何という、不謹慎な運転手。
それにしても、緊張島倉千代子な体験であった・・・。
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  2001年 5月12日(土)   メンタルホリデー・・・。
今日は、出勤するつもりで、駅まで行ったのだが、連日の無理が重なったのか、頭の芯が痛くて気分がすぐれない。。
睡眠時間は充分なのだろうが、熟睡が出来ない。
そんな状態が幾日も続いている。

仮にも、人命を預かる者としては、体調が良くないときに、無理矢理に運転をすると、危険を招く状況が発生するので、本日は「メンタルホリデー」を取ることを決断して、駅から引き返した。

自業自得である。
会社に「欠勤」を連絡した。
 
自宅に戻り、少し横になって休んだ・・・。
でも、結局は起きてきて、PCに向かってしまった。
 
自分が設置した「伝言板」は、あまりにもシンプルで、本当のメモ書き程度としてしか、利用出来ない気がする。
ツリー表示が出来るタイプのモノが欲しい・・・。
そうすれば、ある話題に対しても、発展した会話が可能だ。

朝から、色々なプログラムを試したが、最終的には、無料レンタルのモノを拝借することにした。

これで、都合三つの窓口が出来たことになる。
「外部の掲示板」では、主に「フジ子・ヘミング」を
HP内部の「伝言板」では、「ホームページに対する伝言」を、
「談話室」では、ジャンルを問わず、あるテーマでファンが自由に語り合えるように、と私としては希望しているのだが・・・。

明日は、東京文化会館に行く。
今夜は充分に睡眠を取って、万全の体調でフジ子・ヘミングのピアノを聴きたいと願っている。

「メンタルホリデー」が、必要だから・・・。
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  2001年 5月13日(日)   東京文化会館へ・・・。
午後2時からの開演時間めがけて、自宅を出た。
上野の森には開演1時間前に到着。

やたらに文化会館周辺を撮影している、テレビ局のカメラスタッフの存在が気になる。
ホール内にも、テレビカメラが入る旨の張り紙がしてある。

思い切って、案内の方に訪ねたら、6月のカーネギーホール公演に焦点を合わせて、フジ子・ヘミングの映像を、ため録りしていると言うことであった。
 
番組名はNHKの「ETV 2001」という事であった。
すると、6月のカーネギーを終えた時点で、「ETV 2001」で「フジ子・ヘミング」の番組を流すということになる。

放送日時を確認したが、まだ未定とのこと。
これは要注意である。
又、楽しみが増えた・・・。
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  2001年 5月19日(土)   東京タワーのてっぺんは・・・。
夕方、小学校3〜4年生くらいの男の子と、その母親と祖母らしき3人連れのお客様がご乗車になった。
大人二人が世間話をし始めた。
最初は黙っていた男の子が口を開いた。
「ボクも仲間に入っていい?」
 「いいわよ・・・。」
「クイズね。東京タワーのてっぺんは、なにケン、なにシでしょう?」
 「東京都港区・・・」
「あのね、おかあさん。ボクがなにケン、なにシかと聞いているんだから、それはおかしいでしょ?大人だったらよく考えて・・・!」
  
母親は、しばし無言・・・。
祖母らしき方と別の話題に転じる。

私はその答えを、賢明に暗中模索していた。
(神奈川県横浜市???千葉県成田市???)
男の子は、大人二人にクイズの「答え」を、強く求めてきた。
母親と祖母は「答え」が思いつかないらしい。

私は「答え」が気になって仕方がない。
(もしも、このまま「答え」を聞く前に下車されてしまうと、帰宅してからそれが気になって、眠れないかも知れない・・・)
私は、あの「地下鉄の車両はどこから入れたの?」という漫才を思い出していた。
(信号では、早めに停車し、速度を下げて、目的地に早く到着しないようにしようか?)
 
駄目だ!目的地に着いてしまう・・・。どうしよう!!!
目的地で停車する寸前に、今まで黙っていた男の子が口を開いた。

「きケン たちいりきんシ。」
 
(そうだったのか・・・)
私は、安堵の胸を撫で下ろしていた。
これで、帰宅してから眠ることが出来る・・・。 
 
「答え」を教えてくれてありがとう・・・。
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  2001年 5月21日(月)   現場のたかしです・・・。
今日は、正式な公休日。 サントリーホールに向かう。
今夜はウィーン・アルティスとの共演である。
 
会場に入ると、テレビ局のレポーターがこの日来られたフジ子・ヘミング・ファンにマイクを向けて、インタビューをしている。
この方は、確か「現場のショージです!」と言う出だしで有名な女性レポーターの方である。

近くにおられたスタッフの方に尋ねてみると、「テレビ朝日」のお昼の番組で、放送するという。
早速、放送日と番組名を教えていただいた。
それによると、6月12日、または13日(どちらか未定)の「スクランブル」というお昼の番組だそうである。

ところで、ショージさんの正しい漢字が分からない。
取材を終えたご本人が、まだおられたのでご本人にお尋ねすることにした。
「あのぅ、ショージさんはどういう字を書くのでしたか?”庄司”ですか?”東海林”ですか?」と手帳に漢字を書いてお尋ねしたところ、とてもお優しく笑顔で対応して下さった。
「東海林です。東海林のり子です。」
  
やはり、とても大らかなお方であった、
しかもお綺麗である。(本当に)
しかし、レポーターに突撃取材をするのも、変な気分である。
「現場のたかしです・・・。」???
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  2001年 5月25日(金)   たった一言・・・。
金曜日の夜の渋谷駅前は、酔客が多い。
サラリーマンの上司と部下と思われるお二人に、乗車を申し込まれる。
乗車されると同時に、お客様の方から「こんばんは。よろしくお願いします。」と挨拶をして下さった。
目的地に向かう途中で、「運転手さん、これは私の息子です。私が2年ぶりに上京したので、これから息子の所に行くのです。」と自己紹介をして下さった。
後部座席のお二人の会話には、語尾に「・・・っちゃ。」と付く。
これはアニメの「うる星やつら」の「ラムちゃん」の語り口調と同じである。
父親が息子さんに語った。
「○○子さんは、本当に良い嫁さんだっちゃ。」
 「結婚してから、彼女は変わったっちゃ・・・。」
「どうして変わったのかを、聞いたか?」
 「聞いておらん・・・。ウチでは殆ど会話をしないっちゃ・・・。」
「それだっちゃ! おまえはちゃんと、言葉をかけておるか?」
 「だって、仕事で疲れて帰ると、口もききたくないっちゃ・・・。」
「例えば今日だって、午後11時までには、家に行くという予定でいたが、もう既に1時間も過ぎているっちゃ。電話もしとらんっちゃ。」
 「そんなことは必要無いっちゃ。いちいちそんなこと・・・。」
父親は、ため息を吐く。
 
「あのなぁ、たった一言で良いんだっちゃ。思いやりと感謝の気持ちで、一言をかけるんだっちゃ。そうすれば・・・。」
 「そんな照れくさいこと、出きんわ!」 
延々と父親は息子に語り続ける。
息子も、段々と父親の言葉に素直になる。
 
何という、素敵な父親だろうか。途中で私にも、「流石に東京の運転手さんは、よく道をご存じですね。色々な所に行かれるので大変でしょう。」と一言をかけて下さった。
下車されるときも、「お疲れさまでした。」と声をかけて下さった。 
「思いやりと感謝の気持ち」で、言葉をかける。たった一言・・・。これが出来るか、出来ないか・・・。

その日の営業収入は良くなかったが、このお客様にご乗車頂いたことが、最高の収入であった。
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  2001年 5月27日(日)   明け方の慟哭・・・。
今日から、具体的な日付は書かないことにした。
日時を特定することは、問題が有るかも知れないから・・・。

(今日はもうこれくらいで、車庫に帰ろう・・・)と考えて、営業所に向けて走行をしていた。
時間は午前3時半近く。
お客様も居ないだろうと考えていたが、大きく手を振る黒い人影を発見。
停車すると、40歳くらいの男性が、酷く取り乱している。
「あぁ良かった・・・。とまってくれて有り難うございます!」
 「???」
「○○病院に行って下さい。これから、家に行って、連れを乗せますので・・・。」
 
男性に指示されるままに、住宅街の路地に入っていく。
途中で、男性が泣き出した。
「ばぁちゃんが、危ないという連絡が有って・・・。ううう。」
話を更に伺うと、祖母が入院中の病院から、危篤状態という電話連絡が有って、家族で病院に行こうとしたが、空車のタクシーが全く来なくて、20分位通りで待っていたという。
そこへ私が通りかかったので、空車のマークを見て安堵の胸を撫で下ろしたと言うことであった。
ご自宅までの距離があまりにも遠いので、驚いた。
急な坂道の連続である。住宅街の奥地のため、通りに出るのは大変だったと思う。
ご自宅に到着して、そこでご両親と思われるお二人がご乗車。
父親と見られる男性は、大変に落ち着いておられる。
大きく取り乱している40歳くらいの男性とは対照的である。

「運転手さんも、こんな時間まで大変ですね。ご苦労様です。」
私は出来る限りの速度で、病院に向けて急行した。
出来る限りの速度で・・・。
間に合わせなければ・・・。
病院に到着すると、父親と見られる方が、「運転手さん、有り難うございました。お釣りの方は結構ですので・・・。」と仰って、こんな事態でも、運転手に気遣いをして下さった。

泣きじゃくっていた男性は、きっと「おばぁちゃんっ子」だったのであろう・・・。
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