無名の運転手の日記 T

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2001年 7月

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日 付題 名
7月 1日(日) 家を売っているお方・・・。
7月 6日(金) 美人ママの忘れ物・・・。
7月10日(火) 最低一人は・・・。
7月13日(金) "Music is important same as a meal."・・・
7月16日(月) 朝の一言・・・。



  2001年 7月 1日(日)   家を売っているお方・・・。
じりじりと焼けつくような熱い日差しである。浴衣を着た男性が手を挙げて乗車を申し込まれた。
一旦、自宅に行ってから駅前の繁華街に行くという。指示されるままに車を走らせる。車中での会話で、ご自分が卒業された小学校が創立80周年を迎え、その記念行事を行うので自分はそのとりまとめをやっている、ということであった。
そうして、記念式典の後に、有名なジャズバンドを招いて演奏をして貰う計画だという。
その方は、小学校の斜め前で生まれ育ち、今までもそこに家が有ったそうである。
然し、今度の記念行事への寄付金を作るために、自分の家を売って、充当するという・・・。
商店街に入ってしばらくすると、、 「ここだ!ここでとめてくれ!」と言われた。停車すると、確かに家はバラバラに壊されていて、材木が積み上げられている。
その材木に段ボールで値段を書いて、「柱・○○円」と表示している。まるで八百屋さんのように・・・。
本当に家を売っているのである。バラバラに解体して。
それでも流石に商店街である。中には、「材木」を買っていく人もあるらしい。並べていれば、何でも売れるモノである。
「そこでしばらく待っててよ!」と言われて、そのまま待つが、30分経過してもそのまま一生懸命「お家」の仕訳を続けている。
途中で、レモンやオレンジの柑橘類を一杯持ってきて、「これは、卒業生が寄付してくれた品物だ。これも売り物だが、あんたに少しやるよ」と、下さったが・・・。
大分経ってから、戻ってこられた。
後、40万円足りないから、「売れるモンは何でも売る!」と言うことで、これから駅前に行って、傘も売るそうである。
本当に、家を並べて売っていたのだ・・・。
世の中には、信じられないお話が沢山ありますね。
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  2001年 7月 6日(金)   美人ママの忘れ物・・・。
辺りが暗くなってきた街角で、和服姿の女性が手を挙げている。
ご乗車の際に、チラッと見ると、どうやら「お店のママさん」風である。
然し、ご乗車の前から携帯電話でお話中で、私には、「銀座」と一言を発せられたのみである。
銀座と言っても、広い・・・。こう言うときには本当に困ってしまう。
携帯電話のお話を遮るわけにも行かない。
電話が終わると、慌てたご様子である。
「わ〜っ!やだ〜!折角お客様にと作った水羊羹を、玄関に忘れて来ちゃった!」
 私「今から、戻りましょうか?」
「でも、お客様をお待たせしているから・・・。明日持っていけば良いわ・・・。玄関だから大丈夫でしょう。」 
 私「・・・。」
そのまま、銀座に向かって走行していると、また次のお客様に携帯電話をかけて、ご挨拶をしているご様子・・・。
「運転手さん、東京駅にね!」
行き先が東京駅に変わった。
携帯電話が終わるとまた、慌てたご様子の声が・・・。
「わ〜っ!やだ〜!口紅を忘れて来ちゃった!どうしよう・・・」
 私「どこかの化粧品店に寄りましょうか?」
「でも、お客様をお待たせしているから・・・。あ〜あ、困った!口紅をつけないと、顔が全然違うのよ・・・。」
私「・・・。」
それからまた別のお客様に携帯電話をかけて、ご挨拶をしているご様子・・・。
「運転手さん、○○通りにね!」
具体的な道順を、お相手に確認されている。
ご贔屓にして下さっている会社の社長さんに、料亭に呼び出されて、慌てて駆けつけている状況であることようやく把握した。
○○通りに入るとまた、慌てたご様子の声が・・・。
「わ〜っ!やだ〜!料亭の名前を聞くのを忘れちゃった!」
まわりは料亭だらけである。
「運転手さん、ここで降ろして・・・。」
私はお客様のお顔をここで、確認することが出来た。
超美人である・・・。
お客様は、慌てて下車されてしまった。
私は入念に、後部座席に「お忘れ物」が無いかを調べた。
それにしても、お釣り銭だけは、忘れなかったようである・・・。
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  2001年 7月10日(火)   最低一人は・・・。
歩道のガードレールに手を添えて、申し訳なさそうにお婆さんが手を挙げている。
近くの病院までと言うことであった。
週に一度、以前に入院していた病院で診察を受ける為に、通っているとのことであった。
お話を伺うと、全くの独り暮らしであると言う。
外出しないときは、殆ど誰とも会話をすることもなく、一日が終わってしまうことも有るとか・・・。
「お婆さんのお宅には、犬や猫はいないのですか?」と聞いてみたら、住宅事情から言って、それは到底無理であることが分かった。
しかも、身内と呼べる人は、もう誰もいないそうである。
 
「運転手さん、私は今、つくづく思っているのですが、生きて一緒にいたときには、憎らしくて、こんな人いない方がよっぽど良いと思っていました。でも、今になってみると、どんなに憎らしくても、どんなに嫌いでも、最低一人は血の繋がりのある肉親と呼べる者が、最低でも一人いてくれたら、どんなに良いだろうと思っているんです・・・。今になって、本当にそう思います。」
 
病院の前に到着して下車されるときに、お婆さんは深々とお辞儀をして、「今日は、お話をしていただいて、ありがとうございました。」と言って下さった。
私は、車を発進させたが、お婆さんが言っていた「最低一人は」という言葉が、お婆さんのこころからの悲痛な叫びに思えた。
どんなに憎くても、どんなに嫌いでも、いないよりは、ずっと良いのだと言う。
それはやはり、そういう状況になるまでは、憎んだり憾んだりし続けてしまうのかも知れない。
そういう状況になる前に、その人の存在を有り難く思えたら、もっと穏やかな気持で毎日を過ごせるのだろうに・・・。
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  2001年 7月13日(金)   "Music is important same as a meal."・・・
深夜の繁華街近くを走行していた。
自分の前に空車が5台も走っているのに、その方が私の車に手を挙げた。
今までの経験では、こういう方とはインスパイアードなのである。
「○○ワカリマスカ?」・・・外国人男性の方である。
以前、行ったことの有る千葉方面の町名なので、そのまま高速道路に乗って、一路千葉方面へ・・・。
車中でお話ししてみると、日本に来てから7年位で、アメリカの工業都市から来られたと言うことであった。
日本ではW大学の他、複数の一流大学で経済学の講師をしておられるとか・・・。
日本語がまったく分からない状態で日本に来られたので、来日当初は大変に苦労したお話とかを伺った。お互いの両親のこと、家族のこととかを語り合った。同年代であった。
そのうちに、音楽の話題になった。
その方は、サックスを演奏されるそうで、アマチュアバンドのメンバーでもあったそうだ。
音楽にジャンルは無い、というお考えの方で、その点で私と意気投合してしまった。
半分英語、半分日本語状態での会話なのであるが、その方が「私にとって、音楽は毎日の食事と同じくらいに大事なのです。」と仰ったことが印象的である。
確か、"Music is important same as a meal."というような英語であった。
肉体にとって、食事が必要不可欠なように、精神にとって、音楽もまた必要不可欠なのである。場合によっては、食事よりも重要な状況が有るかも知れない。
「音楽は、食事と同じくらいに大切なのです。」・・・。 
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  2001年 7月16日(月)   朝の一言・・・。
その日、私は極端に寝不足で、頭が重いままに会社に到着した。
(こんな状態で一日の乗務が務まるだろうか・・・)という不安で、憂鬱な気分であった。
若干の心配事、悩み事も有った。
然し、会社に一歩踏み込めば、そうも言ってはいられない。
いつものように、すれ違う人全員に笑顔で挨拶をしていた。
ロッカールームでは、大大先輩にお会いした。
すると、初老の大大先輩は挨拶を返してくれた後で、私にこう言って下さった。
「○○さん(私の本名)は、とても立派だね〜。いつも感じが良いし、ハンサムだし、運転手にしておくには勿体無いよ。皆さんにもそう言われるでしょう・・・。」
何と、私はこの言葉を耳にした途端、情けないことにルンルン気分になってしまったのである。
勿論、私は全然立派では無いし、ハンサムでも無い。(事実・・・)
「そっそんなこと無いですよぅ〜〜〜。」と否定しながらも、鼻の下は数cmは伸びていたろう。
いつものように街に出て、最初のお客様をお乗せする時に、「おはようございます!」と
笑顔で言っている自分に驚いた。すごく気分が良くなっている。
若い女性のお客様も、笑顔で「おはようございます。宜しくお願いします」と挨拶して下さった。 
お客様を降ろした後で考えた。
あの大大先輩は、私が浮かない顔をしていたので、「朝の一言」で私の気分を修正して下さったのでは無かろうか・・・。流石に大大先輩である。
お陰様で、その日は気分良く乗務を続けることが出来た。
これが逆に貶されていたら、一日中重い気分で憂鬱だろう。
やはり、朝の挨拶と一言は大事だなと、その大大先輩に教わった一日であった。
これからも、朝のお客様には、明るい気持で接していきたいと思った。
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