無名の運転手の日記 T

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日 付題 名
11月 1日(木) 3日目の奇跡・・・。
11月10日(土) 間(ま)・・・。



  2001年11月 1日(木)   3日目の奇跡・・・。
住宅街を走っていると、少しやつれたご様子のご婦人が、手を挙げておられる。
行き先は某有名大学病院である。
つい先ほど、数日ぶりに病院からご自宅に荷物を取りに来られて、また病院に戻ると言うことであった。
入院されているのは、ご主人だそうで、先日、突然職場で意識を失って、病院に運び込まれたそうである。
脳内に出血が有って、医師からは「意識が戻る事は無いかも知れない」と宣告されていたそうである。
突然の出来事にショックを受けたご婦人は、兎に角、その日から病院に泊まり込んで、ベッドの上に横たわる、意識の無いご主人の手や足をさすって、ずっと話しかけていたそうである。
ご自分が寝る間も惜しんで、只ひたすらご主人の手と足をさすり続け、駆けつけた娘さんと二人で話しかけ続けて3日が経った。
それからもさすり続け、話し続けていると、ご主人が口を開いて、返事をしたそうである。意識を取り戻されたのである。
医師は「信じられない。考えられない。有り得ない・・・。」を連発していたそうであるが、結局は、奥様が手足をさすり続け、話しかけていたことが、ご主人の意識レベルを常に保ち続け、意識を回復されたのであろう、と言うことになった。
病院に到着して下車される際に、ご婦人は私にこう仰った。
 
「運転手さん、あなたも大事な方がこういう状況になったら、兎に角、手足をさすったり、話しかけてあげて下さいね。そうすればきっと・・・。」
 
ご婦人は、また病院の中に入って行かれた。
その後ろ姿を見送りながら、最高の連れ合いを持たれたご主人は、やはり素晴らしい方なのだろうと思われた。
自分がそうなった時は、手足をさすって貰えるのだろうか・・・。
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  2001年11月10日(土)   間(ま)・・・。
信号待ちをしていると、かなり高齢のご婦人が、左後方から走って来られるのが分かった。
信号は、まだ変わっていない。
息を切らしながら、ご乗車になる。最寄りの駅までと言うことであった。
大学病院を予約していて、時間通りに行かないと看護婦さんに怒られるので、それが怖くて必死になって、走って車を追って来られたそうである。
 
「そんなに走ったら、息が切れて身体に良くないでしょう・・・。」と私が言うと
「そうね。かえって病気になっちゃうわね。」と、笑ってお答えになった。
 
ちょっと見たところでは、お声も張りがあるし、お顔の血色も良さそうである。
お元気そうなのでお年を伺ったら、88歳と言うことであった。
それから、ご自身のことを、色々と話された。
40歳頃から「小唄」を始めて、今でも現役で活躍されているそうである。
最初は「長唄」をやろうとしたが、「小唄」の方が短くて簡単そうに思えたので習い始めたのだが、むしろ短いだけに、かえって難しいと言うことが分かったそうである。
それでこの年になっても、まだ難しくて、毎日お稽古に励んでおられるそうである。
そうして、ご自身が約50年間「小唄」を続けていて、一番難しいとお考えのことを教えて下さった。
 
「間(ま)」・・・だそうである。
この短い「一文字」が、全てを左右し、結局はこれに尽きるそうである。
「長くても短くてもよろしくない」、と仰る。

「若いウチは勢いだけでやろうとするから、駄目なのよ。それを無理に抑えすぎても駄目で、調度良い『間(ま)』を取れるようになるには、それだけの年月が必要なのよ・・・。」
 
駅に到着すると、ご婦人は「張り」のあるお声で、丁寧にご挨拶をして下さった。
私が敬愛するピアニストは、まさにこの『間(ま)』を、実に的確に捉えた演奏をされているのだと思った。
他人と競って演奏されているのでもなく、一音一音の「間(ま)」を大切にされているからこそ、私達のこころに美しく響いてくるのでしょう。
人間関係でも、「間(ま)」の取り方が、とても大切なのだと思う・・・。
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