無名の運転手の日記 T

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2003年 7月

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日 付題 名
7月 1日(火) 汗・・・。
7月17日(木) 「九死に一生」を5回・・・。
7月18日(金) 日本一・・・。
7月22日(火) 痛み・・・。



  2003年 7月 1日(火)   汗・・・。
蒸し暑い午後である。
前方には、私と同じ営業所の車が路肩に寄って停車している。
運転手が、こちらに手を挙げている。
まさか、乗車を申し込むわけではあるまい・・・。
私はハザードランプを点滅させて、近くに車を停めた。
同じ営業所の車ではあるが、ドライバーの顔に見覚えはない。
事情を聞いてみると、ここで少し休憩していたらエンジンがかからなくなったという。
しばらくエンジンを切っていたそうである。
幾らやってもエンジンがかからないので、会社に電話をしたそうである。
おそらくバッテリーが上がったのだろうから、同じ営業所の車が通ったら、応援して貰えと言う指示だそうである。
そこへ私が通りかかったと言う分けである。
車の前方を見ると、フォグランプが薄く点灯している。
本人は、「スイッチを入れた覚えはない」と言う。
何かの拍子にスイッチに手が触れたのでは無かろうか・・・。
狭い道であるが何とか車の向きを変えて、ブースターケーブルでバッテリーを接続した。
完全にバッテリーが上がっているので、なかなかエンジンがかからない。
私が相手にスターターを回すタイミングを指示して、やっとエンジンがかかった。
私の身体からは、汗がビッショリと噴き出ている。
話を聞いてみると、まだ入社したばかりの新人の方であった。
彼は「あぁ、かかりましたね」と、嬉しそうな顔をしている。
時間をかなりロスしてしまったので、私は再び大通りに向けて車を発進させた。
彼が大きく手を振って私を見送っている。
車の窓からは、涼しい風が入ってきて、私の身体の汗を冷やしてくれる。
実に爽やかな気分になった。
自分のためだけにかいた汗ならば、これほど爽やかな気持ちにはなれなかったと思う。
久しぶりに、爽やかな気持ちになれた事が嬉しかった。
新人さん、これからも色々なことがあるけれど、どうか頑張って下さいね・・・。
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  2003年 7月17日(木)   「九死に一生」を5回・・・。
夜、駅のタクシー乗り場に並んでいて、やっと先頭近くになった。
乗り場に並んでいるお客様は、先頭の方から順番に来た車にご乗車になるのが通例である。
大柄な男性が先頭に立っているが、車にご乗車にならずに次の方に譲っている。
何台か見送った後に、私の顔をじっとご覧になってからご乗車になった。
目的地をお尋ねすると、私鉄沿線の駅名を告げられた。
「どのようなコースで参りましょうか。この時間でしたら○○通りが宜しいと思いますが?」と申し上げた。
すると、このようなお返事である。
「どの道を通ろうと構わないが、信号だけは守って貰いたい。」
「赤信号では、必ず止まってくれ。」と仰る・・・。
そのことは極めて当然とは思ったが、「かしこまりました。」とお返事をして車を発進させた。

「運転手さん、私は今までタクシーに乗っていて、大きな事故に5回も巻き込まれているのです。」
「先日も大阪で、タクシーに乗っていて大怪我をしたばかりなのです。」

そうだったのか・・・。

 私:「分かりました。怖い思いをされたのですね。慎重に運転を致します。」

「大阪では、黄色は青と同じなのです。赤でも『1,2』と数える間は交差点を通過できるのです。」
 私:(???)
「ところが、私が乗った車の運転手は、『1,2,3』と3回数えられるタイミングで、交差点に突っ込んだのです。」
「これは立派な信号無視です。極めて悪質で危険な行為です。『2』までは良いのですが、『3』は駄目なのです!」
 私:(???)
「私の真横に車がぶつかって来て、窓ガラスが割れて大怪我をしました。」
「信号無視だと警察に証言したら、事故を起こした会社の運転手が、『お客さんは冷たい人だ。普通は運転手に味方をしてくれるのに』と、こう言うんです!」
「『1,2,3』の3は、絶対に駄目なのですからね。」
 私:(???)
それから延々と過去の事故歴をお話になった。
お話を伺っている限りでは、ここまでよく生きながらえて来られたと思えた・・・。
「これは私の事故ではないのだが・・・」と仰って、声の調子を変えられた。

 おっと、ここで目の前の信号は赤に変わった。
 私は、ゆっくりと急ブレーキを踏む・・・。

「ある大会社の社長の息子が、アフリカの郊外で車に乗っていて『立ち木』に激突した。」
「アフリカの郊外だから近くを通る車も無い。数日後に発見されたときには同乗者の3人は既に死亡していたが、社長の息子だけは息があると言う。現地の大使館から日本の本社に事故を知らせるFAXが入った。」
「ところが運悪くちょうど連休だったので、FAXに気が付いたのは、翌週に出社してきた社員だった。」

 おっと、ここで目の前の信号は赤に変わった。
 私は、ゆっくりと急ブレーキを踏む・・・。

「知らせを受けた社長はどうしたと思う?」
 私:「さぁ・・・」
「すぐに飛行機をチャーターして、日本でも最高と言われる腕を持つ医師を同乗させて、現地に飛んだのだ。勿論、奥様もご一緒だ。」
「それからどうしたと思う?」
 私:「さぁ・・・」
「凄いのはここからだ。なんと、そこからイギリスに飛行機を向かわせたのだ。イギリスでは64回の整形手術を受けさせて、彼の息子は今は普通に生活が出来るほどに回復をした。」
「その息子というのは、私の友人だ。彼は今も元気に活躍をしている。」
「偉いのは彼の母親だ。入院中はずっと彼に付き添っていて、300冊の闘病日記を残している。」
「そして、最近になって、そのことを「奇蹟の闘病日記」として出版したがっていた・・・。」

 おっと、ここで目の前の信号は赤に変わった。
 私は、ゆっくりと急ブレーキを踏む・・・。

「私はそれを必死で断念させた。考えてもご覧なさい。その時に飛行機を飛ばしてくれたり、ピザを発行してくれた方々に迷惑が及ぶのは必至である。やがては国会で大問題になる可能性もある。」
「母の愛情は確かに素晴らしい。然し、だからと言って一般のケースでは考えられない方法で助かった命である事を考えると、出版するというのは如何なモノか・・・。」

お客様の目的地が近くなってきた。
狭い道なので、一時停止場所では、必ず止まるように指示をされた。
兎に角、無事に到着したので、お客様はこの上もなく嬉しそうな笑顔でこう仰った。
「私が駅の先頭にいて車になかなか乗らなかったのは、なるべく若く見える運転手が来るまで、と思って待っていたのだよ。」
私:「ありがとうございます。確かに若くは見えるようですが、それほどでも・・・。」

お客様は上機嫌で降りられた。

私は心の中でこう申し上げた。
(良かったですね。今夜はもう少しで「6回目の体験」をされるところでしたよ・・・。)
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  2003年 7月18日(金)   日本一・・・。
これは、先日の「九死に一生を5回」のお客様から伺ったお話である。
お客様はこれまで随分と長い間、各地で色々なタクシーに乗って来られたのであるが、「忘れられない車」のお話をされた。

仕事で地方に行ったある夜、手を挙げると一台の個人タクシーが停車した。
乗ってみると、悪臭がしたので変だと思ったが、急いでいたのでそのまま運転手に目的地を告げた。
車内がやたらに煙草臭い。

「運転手さん、煙草臭いんだけど・・・。」

すると「いつもお客さんが後ろで煙草を吸っているからね」という返事・・・。
足元がフカフカするので、変だと思ってよく見ると、そこには煙草の吸い殻が敷き詰めてあった。
吸い殻が溜まって、それがクッションのようになっていたのである。

「ウワァ〜!これは酷い。こんな汚い車は初めてだ!」

「だって、お客さんが吸い殻を床に捨てて行くんだよ。だからそこに書いてあるでしょ!?」

運転席の後ろに何か書いて貼ってある。
そこにはこう書かれていたと言う。

『日本一汚いタクシー』

ご乗車になったお客様が異口同音に「汚い、汚い」と連発するので、それを「キャッチフレーズ」にしたそうである。
お客様は、妙に納得をされたそうである。
(確かに日本一である・・・)

これは本当にあったお話だそうです。

・・・車内では、吸い殻の投げ捨てはやめましょう・・・。
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  2003年 7月22日(火)   痛み・・・。
年輩の男性が手を挙げておられる。
ご乗車になると、男性は「連れを乗せたいので、この路地に入って下さい」と私に告げられた。
細い道をしばらく走行すると、玄関の前でステッキを手にしたご婦人が立っておられる。
「家内を病院に連れていくのです」
ご婦人は「痛い、痛い」と呻きながら、少しずつ身体を座席に移動されている。
両手の甲には、湿布薬を貼っておられる。
なんとか腰はシートに座ることが出来たが、両足はまだ車外である。
ご婦人は「あぁ、痛い、痛い」と、辛そうに呻き声を出しながら、時間をかけてゆっくりと両足を車内に移された。
ようやく車を発進させたが、住宅地の真ん中なので、道はかなり狭い。
そのとき、左の路地から若者が乗った自転車が、猛スピードで飛び出してきた。
咄嗟にブレーキを踏む。
「あ!首が痛い!運転手さん、乱暴な運転をしないで下さい!私は全身リュウマチで、身体のあちこちが痛いんですからね!急ブレーキなんてかけないで下さい!」と烈しくお怒りになった。
私は丁重に謝罪をする。
ご婦人が全身リュウマチであることを知った私は、それから更に慎重に車を走行させた。
大通りに出ると、ご婦人と男性との会話が始まった。
ご婦人が男性に仰った。
「予約券と診察カードは?」
男性がバッグの中を探している。
「無いな・・・。置いてきたのかな?」
「なによ!忘れちゃ困るから、わざわざ机の上に出して置いたのに、まったくぅ!」
ご主人は無言のままである。
「だからあんたと一緒に出るのは嫌なのよ!あぁ、痛い、痛い!」
それからもご婦人は、しばらくの間、かなり烈しくご主人を罵られた。
ご主人は一言も反論や弁解をされない。
ご婦人は、一層烈しくご主人を口汚く罵り続けた。
それでもご主人は、何を言われても、ただじっと耐えておられる・・・。
私の「こころ」が痛くなった。
ご婦人の「全身リュウマチ」による肉体的な痛みと比較することは出来ないが、ご主人も「こころ」でかなりの痛みを感じておられる筈だ・・・。
ご主人は、じっとそれを受け止めておられる。
病院が近付く頃になると、ご婦人も少し声の調子が落ち着いて来られた。
それでも下車をされる際には、ご主人の手助けのし方が悪いと言うことで、また声を荒らげられた。
ご主人は、それでもじっと手を差しのべておられる。
かつては、ご主人も反論をされた時期が有ったかのも知れない。
私には、奥様の痛みを少しでも分かち合おうとする、ご主人のお気持ちが伺えた。
そのことによって、ご婦人の全身リュウマチの痛みが、少しでも軽くなることを、私も祈るばかりである。
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