Diary 2013. 7
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7月31日 (水)  

蚊取りマットを注文したネット通販の店舗からメールが届いた。「今回はメール便で商品を発送させて頂きました。メール便は配達状況の追跡調査が出来ませんことをご了承ください。」と記されていた。商品がメール便で送られてくることは、まったく想定外だった。蚊取りマットの商品サイズは122×60×62(単位=ミリメートル)である。通常の郵便受けには到底入らないサイズである。6cmの幅と奥行がある商品を「メール便」で送ってくるとは思わなかった。送料無料となっていたが、このサイズの商品は「宅配便」等で送られて来るのが通常である。自宅の郵便受けは、幅が3cm以下でないと入らない。6cm幅のメール便は、郵便受けに入らない。この様な場合には、どのように処理されているのかをネットで調べてみた。メール便の場合は配達業者が受け取る手数料は10円〜20円だそうである。なので「宅配便」と同様に玄関ドアまで届けるか、郵便受けの下(地面)に置いて「配達完了」とするかは、担当者の気持ち次第だそうである。店舗からのメールでは「配達業者=その他」としか記載されていない。つまり何処の業者が配達するかは不明だし、配達記録も残らないと明記している。商品が購入者の手元に届かない場合には「店舗では責任を持たない」と明記している。つまり実際には商品を発送していなくても「発送済み」のメールを送信して売り上げの処理を完了することも可能である。商品をメール便で発送しても郵便受けに入らなかった場合には、配達業者は発送した店舗に返送することになっているが、それが実行されることは殆ど無いそうである。郵便受けに入らなければ、ドアノブに吊るしておくのは良心的な配達業者で、多くの場合は郵便受けの近くに放置されるそうである。雨が降ってくれば商品は水浸しになる。そうならない為の対策として思い付いたのは、郵便受けの鍵を外しておくことである。配達業者が「鍵がかかっていないこと」に気付けば、郵便受けの内側に巨大なメール便を入れることが可能となる。郵便受けの鍵を外しておくことは、一般郵便物が紛失するリスクも発生することに繋がる。この店舗のやり方には懲り懲りした。もう何があっても絶対に注文してはならない店舗である。発送は遅いし店舗の都合で勝手にメール便で送ってくる始末である。私が郵便受けの鍵を外していることに配達業者が気付くかどうかは、その人の気持ち次第なのでどうにもならない。


7月30日 (火)  

近頃は何でもかんでもネット通販で済ませている。蚊取りマットが足りなくなったので、これをドラッグストアのネット通販で注文をした。その後、この店舗には苦い経験があったことを思い出した。注文してから手元に届くのが異常に遅いのである。通常は注文した翌日か翌々日に配達される店舗が多い中で、この店舗だけは発送が早くても一週間後になるのである。前回はあまりの配達遅延に驚いて、二度とこの店舗には注文しないと思ったのだが、時間の経過とともにそのことを忘れてしまっていた。既に蚊取りマットは使い切ってしまって、蚊に刺されっぱなしの状態である。おそらく蚊取りマットが手元に到着するのは来月の中旬になると思う。待ちかねて近くのドラッグストアで蚊取りマットを買ってしまうかもしれない。ネット通販で注文したのは60枚入りであるから、合計すると大変な量になってしまう。この店舗の配達遅延は今に始まったことではなくて、数年前から配達遅延の苦情が非常に多い。ア○ゾンで購入した商品は注文した日の翌日に届いた。今はこれが普通だと思っているから、到着までに10日前後を要するのは異常である。一切、在庫を持っていないのではなかろうか?この店舗で注文したのは他店よりも販売価格が安かったからであるが、秋になってから蚊取りマットが届いても意味がない。急ぐ必要のない物しか注文ができない変な店舗である。この店舗では夏に必要な商品は、春に注文するしか方法が無いようである。


7月29日 (月)  

これまで1台のモニターに3台のパソコンを接続していて、モニターの入力切替ボタンでそれぞれを使い分けていたが、以前から懸念していたようにモニターの切替スイッチが接触不良で誤作動をするようになった。モニターのケーブル接続端子はD-subとDVIとHDMIを備えていたので、すべての端子をフル活用していたことになる。切り替えがうまくいかないので、ノートパソコンのD-sub出力をHDMI出力から取り出すことにして、古いデスクトップのDVI出力もHDMI出力から取ることにした。モニター側のHDMI入力端子は1つしかないので、3入力に対応したHDMIセレクターを購入した。その前にノートパソコンからのHDMI出力をモニターに繋いで事前にチェックした。最初は映像が出ていたが、切替動作をしているうちに画面が真っ黒になってしまった。HDMIケーブルを交換したら映像が出るようになったので、ケーブル不良と判断をした。そのHDMIケーブルを別のテレビに接続すると問題なく使用できたので、何か納得が出来なかった。HDMIセレクターと3本のHDMIケーブルを入手して、3台のパソコンすべてをHDMIケーブルで繋いだ。ノートパソコンのHDMI画面は文字がぼやけていたので、スケーリングを調整して文字が鮮明に見えるようにした。この段階でD-subとDVIは静止画面を見ることが多いパソコンの仕様であって、HDMIは動画に適したテレビの仕様であることを知った。ノートパソコンのHDMI出力をモニターに接続しただけでは、文字が滲んだりぼやけたりするのは動画に適したように数値が調整されているからである。グラフィックのスケーリングを調整することで文字を鮮明に表示することが可能である。3台のパソコンのHDMI出力をセレクターで切り替えているうちに、またノートパソコンの画像が真っ黒になってしまった。コントロールパネルのデバイス確認ではモニターを認識しているが、モニターには何も表示されない。この件について調べてみると「ケーブルの接触不良」とか「操作ミス」とか、色々なケースが存在することを知った。いくらケーブルを差し換えても、ノートパソコンを再起動させても状態は変わらない。内臓モニターに出力させることはできるが、HDMI出力で外部モニターに何も表示されない。ここで行き着いたのが「HDMIが信号を見失う問題」という調査結果である。昨日までテレビで観られた録画機のHDMI出力が、今日は何も映し出せないトラブルが多発していたのである。パソコンであろうとDVDプレーヤーだろうと、カメラであろうとゲーム機であろうと、HDMIケーブルで接続した機器の出力が突然に「何も映らない」状態になるのである。この現象を調べると「HDMIが信号を見失う問題」に到達する。通常は送り手であるパソコンや録画機のHDMIと受け手であるテレビやモニターのHDMIが互いに信号のやり取りをしながら映像を表示している。ところが何等かのきっかけで、相互通信が途絶えてしまうのである。電話で例えるならば「相手の声が聞こえてこちらの声が届かない」またはその逆の状態なのである。パソコンを幾ら再起動させても駄目なのは、モニターとの通信が途絶えた状態を保持しているからである。テレビやモニターの電源をオフにしても駄目である。テレビやモニターの電源スイッチは、スタンバイになっているだけである。モニター側も途絶えた通信を保持している。有効な解決策はテレビやモニターの電源ケーブルを、コンセントから抜くことである。または主電源スイッチを切って、完全に通電を止めることである。しばらくして電源ケーブルをコンセント繋ぐと、モニターとパソコンは相互に通信を開始する。その結果としてモニターにパソコンの映像が出力されるのである。実際にこの現象に出会うまでは解決が困難であるが、テレビやモニターの電源プラグをコンセントから抜くことで解決したという事例が多い。HDMIはこのような問題を抱えて普及しているから、画面が映らなくなったら、テレビやモニターの電源供給を完全に切ることが必要なのである。


7月28日 (日)  

今朝の散歩ではどの花たちも泣いていた。花は疲れ切っていて号泣した後のようであった。その理由は昨晩から明け方まで、雷と激しい雨に打たれたせいである。花弁はもぎ落されて地面に叩き付けられている。しとしと降る雨が望ましいのであって、あれ程の豪雨は花にとっては災難である。いつもの朝の笑顔は無くて、どの花たちも「見ないで!見ないで!」と下を向いていた。雨ばかりではなくて、我々の日常に於いても「程々」がちょうど良いのである。有り過ぎてもいけないし足りなくても宜しくない。孔子が「中庸の教え」で述べているように、バランスが大事なのである。忙しくてもいけないし暇すぎてもいけない。晴れの日ばかりでは困るし、雨の日ばかりでも困る。強い雨は花を困らせる。あんなに悲しそうな花たちを見るのは忍びない。何事も程々であるのが好ましい。お腹が一杯でもいけないし、空腹に耐えるのも宜しくない。万事中庸を志すべし。


7月27日 (土)  

我が家では健康維持に効果があると信じて、大豆を白米に混ぜて炊いている。準備段階として大豆を水に浸しておく。炊き上がるとご飯にもっちりとした食感と甘みが感じられて、白米だけのご飯よりも美味しいと思う。もう数か月もこのようにして食事をしているのだが、昨夜は衝撃的な出来事があった。食事中の母が何かを床に落としているのである。見ると大豆が床一面に散らばっている。理由を聞くと「今日は顎が少し痛いから」と言うのである。それにしても要らない豆を床に捨てることは、常識では考えられない行為である。これがレストランだったらどうなのか。自分が食べたくない食材を箸でつまんで床に捨てることになる。マナー違反どころか、幼児でもそのような行為はしないだろう。テーブルの上ではなくて床に落とすのである。母は「噛めなかったのだから仕方がない」と言って、あまり気にしていない様子であった。段々と母が壊れていく姿を、今後も見届けなくてはならない。それは将来の自分の姿であって、誰が悪い分けでもない。自然がそうさせるのである。「床に食べ物を捨てるな」と注意をする気にもなれない。自力で食事ができているだけ、有り難いことなのだと思う。やがて食事が喉を通らなくなる日が来るだろう。大豆を床に捨てるくらいは大目に見たいと思う。


7月26日 (金)  

小林正観氏が最後に著した書の『淡々と生きる』を読み終えた。この中で「病」について述べているが、その解釈は独特であると思う。氏は「病は個々人の因果によらず、他者の身代わりとして浴びる」と考えている。例えば自分の子供が病気になれば、自分の身代わりとなって苦しんでくれているのだし、自分が病気になるときは、誰かの身代わりとして病を引き受けていることになる。このような思考が行き着くところは「感謝」の念である。自分の代わりに病を引き受けてくれてありがとう。あなたの為に私は苦しんでも構わない。それは「死」に対しても同じことが言える。私の知人が突然に亡くなった時には、大変に驚いたし深い悲しみに襲われた。何故あの若さで亡くなったのかを小林正観氏流に考えると、大切な人の身代わりとして命を捧げたことになる。運命は魂のシナリオに沿って進行しているので、じたばたしても仕方が無い。悟りとは平気で死ぬことではなくて、平気で淡々と生きていくことである。病の中にあって、平気で生きることに壮絶な覚悟はいらない。あるがままを受け容れて淡々と生きるのである。感謝の気持ちと笑顔があれば、それほど悪い方向には行かないそうである。それとは反対に人を睨みつけて、不平不満愚痴を口から発していれば、良い方向には進みそうも無い。小林正観氏は旅先の宿で突然に亡くなった。病を抱えていたとは言え、病室のベッドの上ではなくて旅先の宿で死を迎えたのは、氏が誰かの身代わりとして亡くなったようにも思える。一度目はざっと読んだだけだが、もう一度読み返してみようと思う。


7月25日 (木)  

朝の散歩で出会う花たちは、私を見ると嬉しそうに微笑んでくれる。ある人の説明によると、植物は人間が大好きなのだという。同じ花を昼間に見ても、朝のように私を感動させることが出来ないかも知れない。昼間や夕方までには多くの人々が花たちに出会っているので、花の方でも普通の街の景色に溶け込んでしまっている。早朝は通る人が少ないので、私を見かけると「見て見て!」と私に輝きかけて来るのである。花の美しさを一番感じるのは早朝だと思う。早朝は私の心もまだそれほど穢れていないから、早朝の花たちを見て心が洗われているような気がする。今は白粉花(おしろいばな)がよく見かけられる。私が子供の頃にオシロイバナでよく色水を作って遊んだことを思い出す。早朝で車が通っていないから、車道側から私を呼んでいる花たちを撮影してみた。

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7月24日 (水)  

今日はいつも拘っている事柄を気にしないように努めてみた。すると幾らか気分が楽になって、少しはリラックスすることが出来たように思う。私が今までにしてきたことは、テレビで野球やサッカーや相撲を観戦して、リビングルームから大声で声援を送るような行為であった。画面の向こう側には声が届かないし、勝敗はどうでも良いことなのであった。気になることを気にしないのは難しいが、そのことが気にならなくなってしまえば楽なのである。どうしようもないことでイライラしたり心配したり悩んでいては、淡々として生きることは到底できない相談である。焦ってもどうしようもない事柄に焦っているが、一歩離れてみるとそれは別にどうでも良かったのである。それは自分で自分を追い込んで苦しんでいる状態なのである。「死ぬまでにやっておきたい○○のこと」というフレーズが流行しているが、そのような願いが叶ってしまったら残りの人生がつまらなくなると思う。ああしたいこうしたいと望んで、その夢が叶ったらまた新たな夢を抱くのだろうか。すべてはなるようになるのを待つだけだ。


7月23日 (火)  

昨日の医師の言葉が気になっている。では反対にどうしたら「淡々としない生活」になってしまうのかを考えてみた。何に対しても不平不満愚痴を抱いていると「淡々としない生活」を過ごすことになると思う。店員の態度が気に入らないとか、自分の思う通りに事が運ばないことに憤りや拘りを持つと、心が緊張して肩に力が入る。自分の力で何とかしようと力むから、結果が思い通りにならないと何かに対して腹が立つ。肩の力を抜くことは「淡々とした生活」に繋がるのだろう。苛立ちや不快感は心を緊張させるから、さらにそれが増長して恨みつらみの日常に陥るのだろう。結局は、「感謝の気持ち」が自身の気持ちを淡々とさせるらしい。そう言えば私の母は朝から晩まで私に「ありがとう」と言う言葉を述べている。食事が出来ることが有難いし、お茶を飲めるのも、呼吸が出来ることも大変に有難いことだと受け止めている。何気ない日常が、母にとっては有難さの連続なのである。母が「淡々として」生きているならば、私は淡々としないで生きていることになる。いつも肩に力が入っていて、自分の力で何とかしてやろうと緊張している。ところが力が及ばず、すべては思っていることとは逆の結果となる。私の耳鳴りは、緊張の連続の結果なのかも知れない。それは感謝の気持ちが不足していることに起因するらしい。どうしたら肩の力が抜けるのだろうか。私は何を背負っているのか。背負っていることに対して、感謝の気持ちが無いから疲れるのだろう。


7月22日 (月)  

今日は母を大学病院の定期受診に連れて行った。母が心筋梗塞で倒れたのは、2009年の6月23日であった。救急車を自分で呼んで、運ばれたのが設備の整った大学病院であったことは、幸運な結果をもたらした。それから4年間が経過して、今は健康を取り戻している。担当の医師は変わったが、基本的な治療方法は同じである。今日の診察で、まだ若い医師が発した言葉が印象的だった。「淡々と生きることが、長生きの秘訣なのかも知れませんね・・・。」と。そう言われてみれば、母は淡々として生きながらえているようである。ではいつから淡々としたのか?それはおそらく心筋梗塞で倒れてからだと思う。今の私の年齢では淡々と生きることが難しい。『淡々と生きる』という題名の書籍が発行されている。著者の小林正観氏は既に他界されていて、刊行されたのは2012年1月だという。私はこの本を読んでみたいと思った。淡々としていない私が、淡々とした心に触れることが出来たら・・・と思う。


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