Diary 2014. 1
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1月31日 (金)  

世の中には素晴らしい努力家がいるものだと感心をした。「STAP細胞」の開発に携わった理化学研究所の小保方晴子さんのインタビューを聞いたが、「今日一日だけは頑張ろう」「明日一日だけ頑張ってみよう」という思いで研究を続けてきたと言う。そして彼女が語るのは研究に行き詰って困窮したときに、救いの手を差し伸べてくれる人が周りに居てくれたことだと言う。救いの手を差し伸べた人が語るのは、彼女の一生懸命な姿を見ていると思わず手助けをしたくなると言う。放っておけない程の努力家に、周りの人が感銘を受けていたと言うことだろう。小保方晴子さんは凄い人だが、彼女を手助けした人はもっと凄い人だったと思う。彼女は100年後の成果を目指して研究を続けると語っていた。


1月30日 (木)  

論語の孔子先生曰く「心の欲するところに従えども矩を踰えず」とは先生が到達した自然体の境地である。先生が70歳になったときには日常的な普通の考えや振る舞いが自分の思いのままであっても、人の道の規範から外れることが無くなったそうである。私は一生懸命にブレーキをかけて規範から外れないようにしている。欲しい品物があっても万引きをしたり、考えてはいけないことを考えてしまうときには必死になって矩を踰えないように努めている。自分の思うがままに行動をすると第三者に迷惑が及ぶときには、その行動を差し控えるように自分に言い聞かせる。ある意味で自浄能力を有しているが、決して心の欲するところに従っているわけではない。他人を恨みそうになったときには(これではいけない)と踏みとどまるようにしている。一体、幾つになったら「心の欲するところに従えども矩を踰えず」の心境になれるのだろうか。私の母は既にその境地に達していると思うのだが・・・。


1月29日 (水)  

「大欲は無欲に似たり」という言葉がある。大望を抱いている人は小さな欲に拘らないから、一見すると無欲の人と同じ様に見える。また欲が深すぎる人は欲に惑わされて損ばかりしているので、結局は無欲の人と同じ結果になるという。私が知っている夫婦の相性について、パソコンのソフトで相性占いをやってみた。すると99%という結果を得たが、妻はその結果に大きな不満を抱いた。夫が残りの1%を自分以外の誰かに愛情を注いでいるのだと、かなり憤慨をしていたのである。「知足」という言葉もある。「足るを知る者は富む」という意味だそうである。現実にある状態で満ち足りることは出来る。それは今の状態に感謝をすることだと言う。感謝の気持ちを抱けなければ、無限の欲に苦しむことになる。


1月28日 (火)  

「待てば海路の日和あり」というが、焦らずにじっくりと待つことは容易ではない。悪天候が続くと日和を待ち切れずに出港しかねない。基本的に忘れていれば良いのであるが、やはりそのことが気になって四六時中頭の中に浮かんでしまう。「急いては事をし損じる」という言葉もあるが、焦ることが最大の敵なのだろう。どうすれば焦らずに待つことが出来るのだろう。焦るのは不安な心理の表れである。不安になるから焦るのだ。不安になったら最悪の事態を覚悟するしかないだろう。最悪を受け容れる覚悟さえ出来ていれば、何も焦る必要はない。遅くなってもそれは必ずやって来る。その時までじっと待っていれば良いのだ。


1月27日 (月)  

昭和20年の「終戦の詔勅」にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言は、玄峰老師の進言によるものと伝えられている。ではこれを実行するのは簡単なのかと言えば、それはとんでもなく困難であることに気付く。耐え難きを耐えるのは相当な忍耐を必要とするし、忍び難きを忍ぶ事もまた相当なる忍耐を要するのである。空腹時に目の前に湯気が立つ美味しい食事があって、ある理由の為に食べることが出来ないとする。ただじっと見ているだけである。そんなときには「一口だけなら」と思わないだろうか。駄目である。これでは耐え難きを耐えていないことになる。自分がやらないと決めたことは絶対にやらない。幾ら美味しそうな匂いがして唾液が出ても、食べないと決めたら絶対に食べないのである。忍耐を貫き通すには「絶対」が必要条件となる。誘惑に揺らぐ気持ちを自分自身で支配できるか否かが別れ道である。そうでなければ耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶことにはならない。拷問をされても白状しない勇気が必要だが、叩かれたら痛いので、やっていなくても「自分がやりました」と言ってしまうかも知れない。忍耐を続けた結果として、自分が思っていたのとは反対な結果に至ったとしても、それは天命に従うだけである。天命を待つのではなくて、天命に従うのである。そうなるまでに相当の忍耐が必要なのだ。


1月26日 (日)  

NHKスペシャルを観ていたら、プロフィギュアスケーターの荒川静香さんの特集だった。番組の中のインタビューで印象的だったのは、競技中に演技が上手く進行しているとき「これで銀メダルは確実」と思った瞬間に失敗をすると言う。具体的には「家を出て来る時に玄関の鍵を閉めたかな?」とか、演技に一切関係の無い事柄が頭に浮かんで来てしまうそうである。そこで彼女が考えた対策は、演技のそれぞれの部分で何を考えるかを予め考えておくという方法だった。流石にオリンピックで金メダルを取れる人は違うものだと感心をした。フジコさんもよく同じ様なことを語っておられた。演奏が上手く弾けている・・・と思った瞬間にミスが発生してしまうそうである。すべては雑念の為せる結果である。もしかしたらフジコさんも荒川静香さんと同じ様に、曲の演奏中に何処の部分で何を思い浮かべるかを、演奏前に決めておられるのかも知れない。まったく何も考えないで演奏することは出来ないと思うが、雑念を抑えて演奏だけに集中することが出来るのも演奏技術の一つなのだろうと思う。


1月25日 (土)  

これもまた玄峰老師が語ったと伝えられる話である。元々「塵」として作られる物は無く、畳の上の綿埃も元は衣服の一部であった。アンパンを包む袋も「ゴミ」として製造されたのではなくて、中身の食品を衛生的に保存して安全に輸送できる役目を担って作られたのである。アンパンの購入者は袋が目的で代価を支払うのではなくて、中身のアンパンを食べることが出来れば良いのである。ビリビリと破られた袋はゴミ箱へと直行するが、実は人間の世界にもアンパンの袋と同じ役目を陰で果たしている人達が沢山いる。障子は木枠と紙で出来ているが、それらを貼り合わせるのは糊である。糊は人の目に見えないから、その存在を忘れられている。玄峰老師は「坊さんは糊のようなものだ」と話されたそうである。使用したティッシュは塵になるが、使用前のティッシュはまだ塵ではない。台所の生芥もまた同じことである。三角コーナーに捨てられる部分にもそれぞれの役目は有った筈なので、掃除をする時には塵にも感謝の気持ちを持って丁寧に扱えとお弟子さんに教えたそうである。


1月24日 (金)  

玄峰老師が語ったと伝えられている話である。世の中には「流れ」が有るので、人が東へ走っている時には自分も東へ走るべきである。人が西へ向かう時には自分も西へ向かうべきである。泥棒を追いかける巡査が同じ方向へ走っていても、それぞれの思惑はまったく違っている。ここが肝心なのであって、人が東へ走っている時に敢えて西へ向かう必要は無い。泥棒と巡査の心掛けが違っているように、自分の心掛けが違っていれば良いのである。世間との調和を重んじながらも、何も考えずに流れに流されっぱなしでは駄目なのである。大陸横断の目的を持って進むのと暴風で難破して漂流しているのは、進む方向が同じであっても志が違っている。敢えて流れに逆らう必要は無い。


1月23日 (木)  

朝起きてみたら歯茎の痛みは殆ど感じられなかった。医師が説明してくれたように、ブリッジを被せることで歯茎の痛みは軽減するようだ。もしも歯茎の痛みを理由にブリッジの装着を私が拒んだ場合には、完成していたブリッジは使い道が無くなってしまう。他人の歯型に合う訳が無いから私専用のブリッジである。製造費用の問題が有るから、ブリッジはどうしても被せることになるだろうと予想していた。最悪、もしも痛みが増すようだったら被せたブリッジを切断して新規に治療をすることになっている。まさしく一か八かで装着したのだが、痛みを感じた部分は冠で被われているので刺激を感じることは無い。これで落ち着いてくれたら良いが、案ずるより産むが易しで結果はやってみなければ分からない。


1月22日 (水)  

昨年の12月3日から始めた歯の治療が本日で完了した。ブリッジを被せていた歯が痛み出したので、最初に患部のブリッジを外して根管治療を施し、次にブリッジを支えていた奥歯の冠も外した。その後、奥歯の歯茎に痛みを感じたので新しいブリッジを被せることを延期していた。時間が経過しても歯茎の痛みは治まらなかったが、医師の説明によると新しいブリッジを被せれば痛みは感じなくなるだろうという。もしもブリッジを被せた後で痛みが増した場合には、ブリッジを切断して新たな処置を講ずることになった。結局1カ月と20日間を要して今回の治療は終結した。ブリッジを外している間は歯茎で食べ物を噛んで食事をしていた為、歯茎が傷ついてしまったようである。今夜寝て、明日の朝に歯が痛くなっていなければ良いが、もしも痛くなっていたら大変だ・・・。


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