Diary 2016. 7
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7月30日 (土)  格安の電動アシスト自転車

格安といっても55,000円の中国製である。パナソニック、ブリジストン、ヤマハの日本製電動アシスト自転車はおよそ8万円〜15万円で販売されているが高嶺の花なので手が届かないのだ。5万円台という実に微妙な価格設定でインターネット通販で販売されていた商品に手を出したのが間違いの元だった。最初の関門は自転車の防犯登録が出来ないことで、街の自転車屋さんの全部が「ウチで販売したものでなければ防犯登録は出来ない」と言って、防犯登録の手続きを受け付けてくれなかった。なかには「登録用紙が余分にないから他所で買った自転車は登録を断る」という強者もいた。結局は大手量販店で防犯登録の手続きを受け付けてもらえたのだが、街の自転車店は「防犯登録所」の看板を掲げていても看板に偽りありなのだった。問題は次の朝に起きた。電動アシスト自転車のモーターが動かないのだ。こうなると只の重たい自転車で電動アシストのモーターとバッテリーの重量が災いしている。前日、走行中にチェーンが外れてしまったが、それでモーターが回らなくなるとは考えてもみなかった。取り敢えず通販のお店に電話をすると「感知センサーの位置が正しいかどうか確認して下さい」という。正しい位置がどこなのかは取扱説明書にも記載されていないしわからないので「正しい位置はどこですか?」と聞くと「1ミリから2ミリの間隔です」と言っている。何の間隔なのかを尋ねると「正しい位置」の間隔だという。それから何度聞いても「正しい位置です」と繰り返すばかりでお話にならない。自転車のペダル付近を探すと黒い円盤状の板があった。これを反対側に引き寄せて試してみたらモーターが回転するようになった。説明書には「感知センサーの位置はかんたんに戻せます」と書かれていて、販売店の人は「感知センサーは簡単には動かないようになっています」と言っていた。何はともあれモーターが回るようになったので喜んで試乗したらまたしてもチェーンが外れてしまった。外れたチェーンが感知センサーの位置を反対側にずらせてしまったのだ。それで感知センサーの位置をかんたんに手で戻してしばらく走行するとまたしてもチェーンが外れた。自転車店に持って行くと「こういう自転車はウチでは修理しません」と断られた。パナソニック、ブリジストン、ヤマハの自転車にはTSマークが付いているが、この中国製自転車にはTSマークが付いていないし部品も手に入らないから修理が出来ないというのだ。防犯登録が出来ないばかりか修理もお断りの中国製電動アシスト自転車であるが、5万円台では日本製の電動アシスト自転車は手に入らない。もっと怖いのは中国ではペダルを踏まないで自走する電動自転車が公道を走行することが出来るのだという。日本では原動機付き自転車となるのでナンバー登録も出来ないから自走式は公道を走行することが出来ない。この中国製自転車はペダルを2回ほどこぐと「ウィ〜ン」という音がして後ろから突き飛ばされる勢いで前に進むのである。楽チンといえば楽チンだけど曲がり角などで突然にウィ〜ンと加速するので恐ろしい。もっと驚いたのは予備のバッテリーの価格は3万円以上だという。格安の中国製電動アシスト自転車はバッテリーの寿命が短くて1年ほどでバッテリーがダメになるという。それなら10万円を出して日本製を購入したほうが良いだろう。これからは高齢化社会で運転免許証を手放す人が増えると思う。日常の買い物で「電動アシスト自転車」は実に便利で手放せなくなる存在になると思う。間違っても防犯登録も修理もできず、バッテリーもすぐにダメになる中国製の格安電動アシスト自転車に手を出してはいけなかったのである。15万円のパナソニック製電動アシスト自転車はブレーキを掛けたり下り坂の時にはバッテリーに充電をしてくれて走行距離が180kmまでは可能だという。安物買いの銭失いを実践したような中国製格安電動アシスト自転車はいつまで走行ができるのだろうか。タイヤの空気注入口も普通の空気入れは使えない。通常の自転車では注入口が英式だが中国製自転車は米式なので適合しないのだ。運良く車のタイヤに使う足踏み式空気入れが米式で自転車に空気を入れることは出来たが、パンクをしたらどこの自転車店でも「お断り」になってしまうのだ。これはもう悲劇的な喜劇なのだった。


7月27日 (水)  めまい・・・。

「血圧が高くてめまいを訴えています」と母親が通うディサービスの担当者から自宅に電話がかかってきた。血圧は200ぐらいあるそうで、自宅に戻ってきた母親の血圧を再度測定してみると、やはり200近くまである。すぐに近くの内科医院に連れていって診察を受けると、医師は「血圧が高いですね」と言って血圧を下げる薬を処方してくれた。しばらくするとめまいは治まって平常時の血圧になった。その後、定期的に受診している大学病院の内科医にそのことを伝えると「血管を広げる薬を出しましょう」ということになった。母親はその後も何度もめまいを訴えて血圧が180ぐらいまで上昇する症状になったことがある。私は何の疑いもなく大学病院で貰った「血管を拡張させる薬」を服用させると半日もするとめまいは治まるのだった。今年に入ってから7回目のめまいに襲われた時に事情は変わってしまった。午前6時にめまいを訴えたので薬を飲ませたところ、昼ごろまでに回復して昼食を食べることが出来た。ところが午後3時ころに再びめまいを訴えて苦しんでいるのだ。血圧を測定すると135/53でそれほど血圧は上がっていない。血圧が高くないのにめまいを訴えているのだ。こうなると大学病院でもらっている「血管を広げる薬」を再び投与するわけにはいかない。仕方がないので救急車を呼んでいつも通っている大学病院に搬送してもらった。救急担当の医師の説明では「めまいの段階の最高」であるから入院の必要があるという。そこで初めて医師は「耳鼻咽喉科」の専門医であることが分かった。「どうして内科でなくて耳鼻咽喉科なのですか?」と尋ねると「めまいの患者は最初に耳鼻咽喉科に運ばれます」ということだった。めまいの原因がどこにあるかを調べて脳梗塞を起こしていないかをCTスキャンで調べ、異常がなければそれから神経科や内科に振り分けることもあるし、そうでなければ耳鼻咽喉科で治療をすることになるという。結局、母親のめまいは耳の内耳に原因がある可能性が強いと医師から伝えられた。それで「めまいを抑える薬」を処方されて翌日には退院したのである。なぜなら母親は数時間後にめまいが治まったので、救急患者の収容施設には長くいられないとのことだった。耳鼻咽喉科の医師に「血管を広げる薬」との併用を尋ねると「問題ない」との答えであった。しかしながらよく調べてみると、血圧が高くてめまいを起こすことは殆ど無くて、めまいによる緊張と不安で血圧が上昇するのだった。血圧が上がるのはめまいを抑えるために血流を改善しようという身体の自然の反応なので、無理に血圧を下げる薬を使うと逆に脳梗塞を発生しやすくなって危険であることが分かった。今後は母親がめまいを訴えた時には「めまいを抑える薬」のみを服用させて「血圧を下げる薬」は使わないようにする。なぜなら「血管を広げる薬」の副作用として「めまい」が掲げられていたからである。内科医は耳鼻咽喉科の医師ではなくて、耳鼻咽喉科の医師は内科の医師ではない。内科の医師は「血栓ができて血管が詰まって血圧が上昇したのだ」と判断したし、耳鼻咽喉科は耳の内耳の血流が悪化したので血流を改善する薬を使うことを判断したのだった。これで血圧が下がってもめまいが治まらなかった理由がよくわかった。無理に血圧を下げなくてもめまいは数時間後に治まるのが普通なので、なにも薬を飲まないでじっと安静にしていても良いケースもあるという。母親のめまいの原因が「メニエール病」にあるとしたら、めまいを放置しても数時間後には回復するのだが、問題は母親が「メニエール病」であると断定することは今の段階では極めて困難だと耳鼻咽喉科の医師から伝えられたことである。「ではどうすれば?」と医師に尋ねると「次にめまいを起こした時には遠慮なく119番をして救急車で病院に来て下さい」とのことであった。つまり「めまいの原因」が脳にあるのか内科的な原因なのか、神経に問題があるのかは専門の医師が調べてみないと分からないというのだ。確かに素人の自己診断は極めて危険である。場合によっては脳梗塞を起こす危険がある薬をめまいが発生した時に飲ませていたのだから。その副作用が「めまい」だったとしたら無限ループに陥ることになる。めまいの原因を考えると自分がめまいを起こしそうになるのだった。


7月25日 (月)  「いつかいつの日か」はきっと来る

人間は誰しも不安を抱えて毎日の生活をしているが、日常の多忙に紛れて敢えて考えないようにしているので「やがていつか」「いつかその日」が実際に来たときに慌ててしまうのだ。「こんなことならその前に準備をしておけば良かった・・・」と後悔しても後の祭りなのだ。それでも尚、「いつかその時」はまだずっと遠い未来のことだろうと勝手に都合よく考えてしまう。自分の身近な人が亡くなることは一生のうちに数回は関わることだが、参列者ではなくて自分が喪主になる時にどうしたら良いのか、今からよく研究をしておくべきなのだ。それでもそのことを考えると憂鬱になるので後回しにする。それでまた先延ばしにしているうちに「いつかその日」の当日を突然に迎えることになる。それでやっぱり「あぁ、こうなる前に少しは勉強をしておくべきだった」と思うのだ。大地震や大津波も数百年に一度は発生するけれど、それは「いつかは分からないまだ先のこと」と漠然と受け止めている。災害時の食料品の備えも一度や二度はやってみるけれど消費期限が切れる前に食べてしまって補充をしない。自分が喪主になってからもその後で自分自身の「いつかいつの日か」はきっと来るのだ。朝になって目が覚めることの奇蹟を実感するようになってからではもう遅い。当たり前が当たり前でなくなる「いつかその日」はきっと来るのだ。


7月22日 (金)  不思議な部品

100円ショップで購入したばかりの200円(税込216円)の電卓をスーパーの食品売り場の床に落下させてしまった。すると液晶の表示部分が「88888888」と表示されるだけでキーの数字を入力しても画面上には何も反映されない。本体を上下に振るとカシャカシャと音がする。帰宅してから電卓を分解してみるとボタン電池が1個と不思議な部品が1個、内部に落下していた。電池は予備の為に備えられていたものが落下のショックで外れてしまったのだろうと推測した。不思議な部品はどこから外れたのか何の為の部品なのかも分からないので外に取り出したままで電卓の裏蓋をネジ止めした。夜になると普通に使えるようになったので(外れた部品は何だったのだろうか・・・)という割り切れない疑問が残った。ところが明るい照明の下に行くと表示が「88888888」となって、スーパーの食品売り場で見た時と同じ表示になる。薄暗い場所では普通にキーの数字が表示される。やはり「不思議な部品」が外れたままであることが問題なのではないかと疑念を抱いた。もう一度電卓を分解して内部をよく調べると、外れた部品にハンダ付けの痕跡がある。基板をルーペで拡大して調べると外れた部品のハンダの跡が基板のハンダ付けの跡と一致する箇所が特定できた。とりあえず部品をその場所にハンダ付けしてみると、今度は明るい場所でも普通にキーの数字が表示されるようになった。購入した電卓には小さいソーラーパネルが二つ装着されている。光を電気エネルギーに変換しているから明るい場所では電圧が異常に高く発生する。外れていた不思議な部品はどうやら定電圧ダイオードだったと思われる。一定以上の値に電圧が上昇しないように半導体が電圧を調整しているらしい。やはり不要な部品は電卓内部に取り付けられてはいないのだ。「不思議な部品」が実は大変に重要な役割を果たしていたのだった。それにしてもこの仕組を考えた人は凄いと思った。


7月15日 (金)  医療財政と楢山節考

7月13日(水)にNHK総合テレビで放送された「クローズアップ現代+」のテーマは「あなたはどう考えますか〜新薬高騰が医療を壊す?〜」だった。この番組の放送時間内に私は一部分しか見ることができなかったが、ある医師の衝撃的な言葉が強く印象に残った。
「75歳を過ぎた患者に高額な新薬を投じるのはやめるべきで寿命と受け止めてもらう」と言うのである。
医療財政と人の命の重みを天秤にかけると「医療財政」の方を人命よりも尊重するべき・・・というのだ。一見、乱暴なような発言であるが、それには相当な理由がある。私が手続きを済ませてきた「高額療養費制度」によって、3,500万円の費用がかかる治療を受けても実際に支払うのは65万円で済むケースがある。差額の34,350,000円は保険と税金で賄うことになる。二人に一人ががんになると言われていて皆が高額な新薬を使えば医療財政が破綻するのは自明の理だ。
深沢七郎の短編小説「楢山節考」では69歳のおりんが「楢山まいり」に行っている。自分の丈夫な歯を石で砕き薄着で背板で息子に背負われて自ら自身の始末のために山に入る。帰り道に雪が降る。息子が家に戻るとおりんの綿入れは長男が着ている。大きな腹をかかえた妊婦の腹にはおりんの細帯がしめられている。おりんが「楢山まいり」に行ったのは村の乏しい食糧事情を慮ってのことである。やがて生まれてくる赤子の口に入るべき食べ物の確保と自分の命とを引き換えにしたのである。
今の医療財政は村の食糧事情と同じだ。75歳を過ぎたら自分の命を自主返納しなくてはならない時代が来るかもしれない。若い世代の負担を減らすには高額療養費制度に年齢制限を設ける時代が来るのかもしれない。NHK「クローズアップ現代+」へのリンク http://www.nhk.or.jp/gendai/


7月13日 (水)  くすりのリスク

医師の口から多く発せられる「リスク・ベネフィット」について考えてみる。
「くすりのリスク」は左から読んでも右から読んでも同じである。risk and benefitは何についても言えると思う。薬の効能と副作用を天秤にかけてみて良い作用が悪い作用を上回れば薬品として販売されることが承認される。がんの薬物療法として使われる抗がん剤は毒物であるが、がんに抗う作用が副作用の不利益を上回るとして承認を受けて販売されている。その副作用は一般的によく知られているように究極の苦しみを伴う。それでも人類が長い年月を経て英知を尽くした結集として辿り着いた薬物療法なのだ。抗がん剤の副作用で便秘になるから今度は便秘を解消する薬を服用する。すると下痢になるから今度は下痢止めの薬を服用する。すると今度は吐き気を催すので吐き気を抑える薬が投与される。その副作用で目眩を生じるので目眩を抑える薬が追加される。その薬の副作用で便秘になる。それぞれの薬に強い副作用があるから本人は相当に苦しむことになる。薬の副作用を別の薬で抑えこむという究極の無限ループに入る。
日常生活で「便利」と思われものには「危険」が伴われている。「便利」な部分の良い所だけを使えるわけではない。車は便利であるけれど、交通事故という危険と表裏一体の関係である。マイナンバーカードもカードを所有した時の利便性を盛んに宣伝しているが、それ相応のリスクを伴うことは言及されていない。


7月11日 (月)  迷える個人番号カード

本日は役所に行く用事があったので、ついでに個人番号カードの交付場所に立ち寄って個人番号カードについての疑問点を幾つか尋ねてみることにした。総合受付所で受付番号札を貰って待つこと10分、ついに私の受付番号が表示された。係員に向かって質問してみた。
質問:「運転免許証を持っているのですが、マイナンバーカードを持つ意味はありますか?」答え:「運転免許証をお持ちの方には不要でしょうねぇ」
謳い文句である「コンビニで住民票が取れる」とか2017年1月に開設予定の「マイナポータルにアクセスができる」とかに私は興味が無い。
健康保険証との関係について尋ねると、現時点では紙の健康保険証発行を継続する方針だという。
どうしても交付を取り下げたいのならば「交付申請取り下げ手続き書」で申請を無かったことに出来るという。交付通知ハガキも通知カードも所持していたので、その場で個人番号カードの受け取りも可能だったが、何か納得ができないので本日はカードを受け取らないで帰宅した。
帰宅してからマイナンバーカードのコールセンターに電話をして色々と疑問点を尋ねてみた。
「交付申請取り下げ手続き」をした場合と、期限日までにカードを受け取りに行かない場合とでは、次回にあらためて申請したときの交付手数料について違いが生じるのかどうかである。コールセンター側の回答は「交付通知ハガキが届いた時点でカードの初回発行手続きを終えているので、次回は交付手数料が発生する」という。実際には「地方自治体で手数料の扱い方が違うのでお住まいの地域の役所で確認してほしい」とのこと。これではどこが主体なのか分からない。結局地元の役所に電話をして尋ねてみた。すると極めて納得できる回答を得た。
個人番号カードが出来上がっていて通知が届いても、本人の手元にカードが渡っていない限りは次回の申請を「初回」として発行手数料は無料で手続きが出来るという。私もそのように考えていた。コールセンターではカードの作成に800円の費用がかかり、手数料として200円を加えた1,000円の再交付手数料がかかる筈だと言っていたのだ。役所側の見解ではカードが本人の手元に届いていなければ「交付した」とは言えないそうだ。それから健康保険証と個人番号カードとの関係について再確認してみると、今はまだ紐付けをしていないという回答であった。受け取り期限の10月までにはまだ間があるが、私の心はstray sheepだ。
来年になってからあらためて申請をしても交付手数料はかからないことは確認できた。だがまだ何か心に引っかかるものがある。
将来、重い認知症状態になった時に個人番号カードをどこにしまったのか思い出せないのではなかろうか?「ここはどこ?わたしは誰?」と言いながら個人番号カードのありかを探しまくるのだろうか?やっと見つけたと思ったら5分もしないうちに「あれ???」と思ってまた忘れてしまうのではなかろうか?何を忘れたかを忘れ、何を探していたのかも忘れて、朝から晩までうろうろと探しものを探しているのかもしれない。そうこうしているうちに個人番号カードの有効期限日が来て、私の介護人にこう言われることだろう。
「こんな余計なカードを作って、いったいなにを考えていたんだ!」とピシャピシャと尻を叩かれるのかもしれない。やっぱり個人番号カードは作らない方が良いのかもしれない。やがていつかは自分で個人番号カードの管理ができなくなることが分かっているのだから。本日、あれだけ大勢来ていた個人番号カードの交付希望をしていた高齢者たちは2026年に更新に来られるのだろうか???


7月9日 (土)  マイナンバーカードの更新

通知カードが届いた翌日にマイナンバーカードの交付申請書を郵送したのだが、今頃になってようやく交付通知ハガキが私の手元に届いた。
申請をした頃にはマイナンバーカードの交付申請をすることに何の疑念も抱かなかったが、届いた交付通知ハガキを眺めていたら問題点があることに気付いた。
ハガキに印刷されている文字が小さくて読めない。この通知は高齢者を対象としていない若者向けの制度であることを宣告されたようなものである。
20歳以上の場合はマイナンバーカードの有効期限は10回目の誕生日までである。
30代でマイナンバーカードを受け取り、40代、50代、60代、70代と更新をし続けたとして、加齢に伴い認知症が進行して80代で寝たきり老人になるとか色々な障害が発生してくることだろう。脳梗塞を患って歩行が困難になったら・・・。
そうなると顔写真の撮影どころか更新手続きも代理人に依頼するしかない。その頃に独居老人となっていて依頼できる代理人が周りにいなければどうするか。寝たきり老人になったり障害が発生して適切な規格の顔写真の撮影が出来ない時には役所に連絡をすれば書類の不備の対象にならないように配慮するという。
そこまでしてマイナンバーカードは必要なのだろうか?
10回目の誕生日というのは65歳までで、それ以降の有効期限は翌年の誕生日までとするべきではないだろうか。
65歳を過ぎると顔写真を撮影する機会が減るから、葬儀用の写真として使われることを考慮すると毎年更新するのが適切だと思う。
85歳で死去する場合に75歳の時のマイナンバーカードの顔写真が使われるのは如何なものか。
生まれたばかりの赤ん坊のマイナンバーカードの顔写真の有効期限が5回目の誕生日までというのも変である。5歳になったらまるで顔が違っているだろう。
更新手数料については今の所は決まっていないらしいが、将来的には運転免許証の更新手数料のように数千円が徴収されるのではないだろうか。
マイナンバーカードは新手の徴税手段として考案されたのかもしれない。
今の所は通知カードがあればそれで用は足りるみたいだから、当分の間はマイナンバーカードの受け取りは見送ることにする。
90歳になっても自分で更新手続きに行ける人がどれほどいるのだろうか。100歳ではどうか、110歳ではどうだろうか。ある年齢でマイナンバーカードの更新を断念するぐらいなら最初から持たないというのも一つの方法だろう。
マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせるというのはまだ決定した事項ではないが、国は早期の導入を検討しているという。マイナンバーカードが健康保険証の機能を兼ねた場合には受診するとしばらくの間マイナンバーカードは病院の受付の管理下に置かれることになる。個人情報が受付の人に漏れるかもしれない。健康保険証の機能がマイナンバーカードに備わった場合に従来の紙の健康保険証はマイナンバーカードを所持している人にも併用して発行され続けるのだろうか。それとも紙の健康保険証の発行は停止されるのだろうか。
マイナンバーカードの更新ができなくなった時に健康保険証や印鑑証明証やその他マイナンバーカードに統合されていた身分関係の証明書の再発行手続きを自分でやらなければならないのだろうか。そのような手続きを自分で出来るくらいならマイナンバーカードの更新が出来る筈である。場合によっては有効期限が切れたマイナンバーカードは使えなくなり、病気になっても紙の健康保険証が手元に無いという事態が発生することだろう。
加齢により運転免許証を返納する際に「運転経歴証明書」を申請すれば、顔写真付きの身分証明書として使うことができる。申請ができるのは運転免許証を返納してから5年以内である。こちらの有効期限は永年有効なので更新する必要もない。私はこちらの方法を選択したいと思う。
何れにしても今年はマイナンバーカードの交付が始まった年なので、10年後の2026年はマイナンバーカード更新ラッシュの年なる。更新手続きで役所へ行けば気が遠くなるほどの長時間待たされる羽目になることが予想される。この先、マイナンバーカードを所持してスーパーで買い物をすれば食品に関しては1割引になるような制度が本格的に導入されることが決まってから交付を申請しても良いだろう。2036年、2046年は更新ラッシュの年である。平成30年頃に交付の申請をすればその先は更新ラッシュは避けられるかも知れない(いつまで生きるつもりなのか)・・・。


7月7日 (木)  二人に一人は・・・。

今や「二人に一人はがんになり、三人に一人ががんで死亡している」そうだ。
私の友人Bが彼の会社の健康診断で「肺がんのステージW」であることが判明して病院で治療を受けることになった。
それを知った私の友人Aは友人Bを気の毒に思って慰めの言葉をかけていた。
一方で自分自身のことが不安になった友人Aは念の為に近くのクリニックで肺のレントゲン撮影をして貰った。
診断の結果は「異常なし」だったが、それに納得出来ない彼はCTスキャンによる精密検査を希望して公立病院で精密検査を受けた。
すると「疑いあり」という結果が出た。
それから「PET検査」を受けたら「肺がんのステージV」と診断された。
直径は1cmというので初期かと思われたが、実はがん細胞が1cm程度まで大きくなるのには10年以上を要することが後から分かった。
つまり友人Aは10年前から肺がんになり縦隔リンパ節に転移をしていたのだ。
それを知らされた彼が嘆いたのは友人Bを一方的に気の毒がっていたことだ。
友人Aが無理矢理にCT検査を受けていなければ今頃彼は何も知らずに間もなくしてからステージWに進んでいた筈である。
二人に一人はがんになるのに「自分もがんになる」と考える人は稀有である。
人の命には限りがあるから「自分もいつかは死ぬ」と多くの人は受け止める。
医師の方から病を見つけに来てはくれない。
自分から病院に行って検査を受けるしかないのだ。
ちなみにレントゲン撮影だけの検査では百人に一人のがんが見つかれば上出来で、九十九人のがんは見過ごされるそうだ。このことは専門病院の医師から教えてもらった。レントゲン撮影による検査はコストパフォーマンス的にも全体的に効率が良いから実施されているそうだ。


7月6日 (水)  サイトの移転で七転八倒

http://fujiko-fan.com/からhttp://fuzjko-fan.com/に移転したのは2015年の1月だった。
「fujiko」を「fuzjko」に変えるのは簡単なことではなくて、その為に新しいドメインを取得する必要があった。
その時には同じサーバーに新ドメインを追加する形だったのでそれほどの苦労は無かったと思う。
今にして思えばそのことが実は大変な損失を招いたと思う。
サイトを移転したらやらねばならないことが沢山あったのだ。
プログラムの書き換えは兎も角、複数のアクセス元から一つのサイトに案内する段取りが必要なのだ。
今回はhttp://fuzjko-fan.com/からhttp://fuzjko.fansite.cc/に移転したのだが、検索サイト側のインデックスの引き渡しが出来なければ新しいURLは全く別の新しいサイトとして扱われてしまう。今回はサーバーそのものを移転したのだ。両者の関連性は無いに等しい。場合によっては偽サイトとして扱われる。
それを防ぐには検索サイトでアドレスの変更手続きを行う必要がある。
実際にやってみるとこれが結構な難関で、やっとGoogleに於いてアドレス変更手続きを終える事ができた。
前回はその手筈を省略したので著しい不利益を受けたことと思う。
変更続きをしたことでhttp://fuzjko-fan.com/の資料がhttp://fuzjko.fansite.cc/に受け継がれることとなる。
サイトの移転はもう懲り懲りである。


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