PART T 無名のファンの日記 《2011〜12》 PART U

   過失割合一〇対〇の場合・・・
 車に乗っていた家族の話によると、交差点で信号待ちをしていたらバックミラーにもの凄いスピードでウインカーを出しながら迫ってくるトラックが映った。車線変更をするのかな?と思っているうちに信号が青に変わったので車を発進させた直後、そのトラックに追突されてしまった。後部のガラスが割れて身体にも衝撃を受けた。  トラックの運転手が運転席の物を取ろうとしてわき見運転をしていたらしい。ウインカーも意識して出していたのではなく触れてしまったのだという。警察の実況見分が終わった時点では身体に痛みを感じなかったので、その場では物損事故処理とした。  夕方になると首に痛みを覚えたので病院を受診して診断書を書いてもらい、警察署に行って人身事故に切り替えてもらう。事情聴取の結果、当方に一切の過失は認められなかった。  過失割合は相手が一〇でこちらが〇である。これが何を意味するか分からなかったが、こちらに過失が無い場合は自分が加入している保険会社は対応しないという。つまり加害者側の保険会社と一個人との交渉になる。相手は百戦錬磨のプロである。素人との交渉は赤子の手を捻るようなものである。  このような場合に備えて保険には「弁護士費用特約」があるらしいが、これは契約していなかった・・・。相手の保険会社は出来るだけ支払う金額を低くしようとするが、こちらは素人なので相手の言いなりである。  もしもこちらにも過失があれば、自分が加入している保険会社が対応してくれて、プロ対プロの交渉になるから著しい不利益は免れるだろう。休業損害補償も実際に病院に通った日の分だけが対象になるらしい。貰った薬を飲んで自宅で安静にしている日数は治療期間ではあるが実治療日ではないらしい。  保険会社との交渉は大変なストレスとなる。相手は早口で迫りたてるので、こちらは内容をよく理解できない。送られてきた書類も分かりにくい。過失割合一〇対〇は大きな落とし穴であった。       平成二四年一〇月八日(月)

   運転中モード
 本日、iPhone 4Sとか言う新型携帯電話が発売になった。私は五年前に購入したワンセグ対応の機種を使い続けているのだが、昨年からおかしな現象に悩まされるようになった。それはコンサート会場で開演前のアナウンスに従った結果、コンサート終了後に起きてしまう現象である。開演前には携帯電話の電源を切ることが要求される。「マナーモード」に設定していたのではバイブレーターの振動音が結構大きいので、やはり電源を切ることが求められる。コンサートが終了して携帯の電源を入れると、私の携帯は数分後にフリーズしてしまうのである。待ち受け画面が消えて真っ白になり、通話中の電話が途中で切れてしまう。電源を切る操作も受け付けなくなってしまう。やむなく一旦バッテリーを取り外して付け直してから電源を入れるのだが、数分後にまた画面が動かなくなって、電源を切ることもできなくなる。およそ一時間ほどこの手順を繰り返すと、奇跡的に機能が復帰するのである。私はフジコさんのコンサートに行く度に、毎回この苦難に打ち勝って来た。今後も必ず携帯が復帰するとは限らない。そこで私は一大決心をしたのである。コンサート会場には携帯電話を持って行かない・・・。しかしこれでは外出中に緊急連絡をとる必要が生じたときに、対応が出来ないことになる。  ある日、音楽ホールの前のベンチに座っていると、女性の会話が聞こえてきた。「中に入ったらマナーモードにしなくちゃね!」「それよりもドライブモードに設定した方が良いよ。これだと絶対に音がしないから!」と言う内容であった。私は自分の携帯電話を調べてみたが、ドライブモードと言うのは無かった。「運転中モード」が有ったので、そのように設定をしてみた。自宅の電話から携帯にかけてみると、確かにまったく音が出なかった。着信履歴が残っていて、メール受信も出来ている。今後、コンサート会場では「運転中モード」に設定することで、私のお悩みは解決したのである。但しアラーム機能は絶対に解除しておくことが条件である。アラームだけは音が出てしまう・・・。  あの日、公園のベンチに座っていなかったら、私はこのことに気が付かないままで不便を強いられ続けていたことだろう。その結果、私はまだまだこの携帯電話を使い続けることになりそうである。天の声に感謝・・・。       平成二三年一〇月一四日(金)

   東日本大震災と「砂の器」
 テレビ朝日系列で九月一〇日と一一日に二夜連続で松本清張の長編推理小説「砂の器」をテレビドラマ化した作品が放送された。この番組は本来、東日本大震災が発生した翌日と翌々日に放送される予定だったそうである。あれから半年が過ぎて、ようやく作品が放送された次第である。「砂の器」がテレビドラマ化されたのは、これで五回目になるという。放送された時代の背景に合わせて、それぞれ作品構成が若干変更されているので、今回の番組で放送された内容が原作と同じではないことを考えると、松本清張の原作を読んでみたいと思うのは当然の理であろう。今回のドラマで和賀英良が作曲したとする設定の「永遠」は、確かに壮大な旋律である。音楽とドラマが見事に融合していた。本当に永遠なのは、松本清張や多くの芸術家たちが創造した作品なのではないだろうか。私は半年ぶりに優れた作品をテレビで観ることが出来たと思う。あの日を境にしてテレビの役割が大きく変わってしまった。バラエティ番組一色になってしまったテレビ界も、メディアとしての復興を目指して貰いたいものだと思う。       平成二三年九月一三日(火)

   「竹久夢二 震災スケッチ展」
 東京新聞・八月二四日付けの記事で、墨田区横網の「都復興記念館」に於いて、「竹久夢二 震災スケッチ展」が開催されていることを知った。開催期間は八月二三日から九月二五日までとなっている。画家の竹久夢二が、関東大震災のスケッチ画を描いていたことは、今まで全く知らなかった。東日本大震災から半年が過ぎた今の時期に、関東大震災の記録を心に刻むのは、極めて意義深いことと思われる。横網町公園には、その他にも多くの施設が存在しているようである。本来であればすぐにでも記念館を訪ねてみたいけれど、まだ左足が回復していないことがもどかしい。震災スケッチ展に行ける様な状況になれば、文京区弥生にある「竹久夢二美術館」にも立ち寄ってみたい。こちらの美術館では九月二五日までの期間、「センチメンタル・ビューティー 夢二式美人画展」が開催されている。整形外科の医師からは「無理は禁物」と言われているが、どうやら多少の無理をしてしまいそうな気配である。       平成二三年九月一二日(月)

   「芸術に恋して!」
 テレビ東京で放送されていたこの番組は、毎回本当に素晴らしい内容で視聴者を楽しませてくれた。二〇一一年の現在では、どこのテレビ局も芸術番組からはまったく離れてしまったようである。二〇〇二年の頃は、多くのテレビ局がクラシック音楽番組や芸術番組を数多く放送していた。私のビデオアルバムの中に保存されているクラシック音楽番組が、今ではどれほど貴重な存在であるのかを痛感している。フジ子・ヘミングがNHK教育テレビの番組で紹介されたのも、時代がクラシック音楽や芸術を望んでいたからだと言えるだろう。現在の民放ではテレビ朝日「題名のない音楽会」が、辛うじて放送されているに過ぎない。本当はコンサート会場に足を運んで生の音楽を聴くのがベストであるが、金銭的時間的な制約で、実現できるのは年に数回程度である。何故テレビ局は、これほどまでに芸術番組を放送しなくなったのであろうか。番組表を見ると、どこのテレビ局もバラエティ番組一色に統一されている。       平成二三年九月一一日(日)

   NHK「名曲アルバム」
 先日、NHK「名曲アルバム」の特集番組が放送された。ずっと以前にも同様の番組を観たような気がしていた。やはり所有しているビデオテープの中に、「名曲アルバム」の特別番組があった。こちらは二〇〇二年四月二七日の放送で、視聴者からのリクエストで順位を決めるという番組の趣向であった。興味深かったのは、当時の技術環境がアナログとデジタルの混在で成立していたことである。テレビ電話が実用化されたばかりで、一般家庭とスタジオがカクカクとした動きの画像で繋がっていた。その一方で大型のビデオカセットが使われており、「昔はフィルム撮影だったから大変でした」と述べていた。スタッフは日本に送ったフイルムの現像結果を問い合わせながら、海外で撮影を続けていたらしい。初回放送はドボルザークのスラブ舞曲である。ガス燈を消すシーンで始まり、夕闇が迫る頃にガス燈がともる。ラストシーンのカメラワークが美しかった。リクエスト結果の第一位はエルガー「威風堂々」で、衛兵が交代する場面は大変に見応えが有った。       平成二三年九月一〇日(土)

   フジ子&ウィーン・ゾリステン
 ビデオ収納ボックスの中から取り出したのは、有料衛星放送のWOWOWから放送された音楽番組である。テープには二〇〇一年四月八日にサントリーホールで行われたフジ子・ヘミングとウィーン・ゾリステンのワールド・コラボレーション公演が収録されている。今から一〇年前の公演を観なおしてみると、感慨深いものがある。番組ではウィーン・ゾリステンのメンバーにインタビューをしていたが、そのコメントは極めて的を得ていて興味深いものであった。「フジ子・ヘミング公演に来る聴衆は、普通のクラシック音楽ファンではない。それは楽章間で拍手をするから分かる」と述べている。実際に、シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」が演奏されているときに、第四楽章と第五楽章の間で拍手が起きていた。聴衆の中の一割が拍手をして、それにつられて大勢の方が拍手をしてしまったのだと思う。更に第五楽章を演奏している途中でも大きな拍手が起きた。このときには、ヴァイオリン演奏からピアノ演奏にパートが移る一瞬の静寂があって、これを(演奏が終了した)と勘違いされたのだった。しかしながら、メンバーの一人はこうコメントをしている。「楽章間で拍手があったからと言って、演奏者が聴衆を軽蔑することは無い。モーツァルトが演奏をしているときに、途中で拍手が起きたこともある」と。フジ子・ファンが「もう一度」と会場に足を運ぶことで、クラシック音楽が広く一般大衆に受け入れられることを願っているそうである。メンバーのフジ子・ヘミングに対する分析も得心できる点が多かった。「フジ子さんは、誰とも比べることが出来ない特別な演奏家である」と述べている。そして「それはおそらく、耳の障害で特別な努力を重ねた結果、彼女にしか出来ない演奏スタイルが確立したのだろう」と述べている。ヴァイオリン奏者は、曲が終わったときの合図として、弓を垂直に持って聴衆に知らせていたように思う。曲の途中で区切りを付けるときには、弓を水平に持っていたように思う。この番組はDVDで発売されている。この公演では「普めくり」の役目を、マリンバ奏者の大久保 薫さんが担っておられた。フジ子さんは「バッハを自由に演奏したい」と述べておられた。「バッハの曲はバッハらしく演奏しなくてはならない」と豪語する大御所のピアニストもいるが、バッハをロマンチックに演奏するのがフジ子・スタイルなのだと思う。       平成二三年九月九日(金)

   「モーツァルト・生誕二五〇年目の真実」
 二〇〇六年一一月三日に日本テレビが放送した、芸術祭参加作品のビデオを観なおした。あれから五年が経過したので、内容は断片的にしか覚えていなかった。放送された当時には聞き過ごしてしまった数々の言葉が、今回の観なおしで良く伝わってきた。アインシュタインは「モーツァルトの音楽は、最初から宇宙に存在していたかのようである。それを発見したのがモーツァルトである」と言うような言葉を残していた。内田光子氏は「優しさ」がモーツァルト音楽の本質であると語っていた。罪と罰、そして「許し」がモーツァルトのオペラ作品のテーマだったようである。モーツァルトは「癒しの音楽」と言われているが、「許しの音楽」と捉えることも出来ると思う。モーツァルトが父の死後に友人に宛てた手紙では、「死は人生の最大の目標です」と書いており、後日も「死が与えられるのは救いであり、私はそれを神に感謝する」と述べている。相手を許すことで、自分も許される。モーツァルトの音楽を聴くと心が晴れるのは、罪と罰の「許し」を聴く者が感じ取るからではないだろうか。       平成二三年九月八日(木)

   二〇〇〇年問題の頃
 オークションで落札したS−VHSビデオデッキが届いた。早速、古いビデオテープを入れて動作の確認をしてみた。画質は綺麗に再生が出来ている。テープを交換しようとして驚いた。「イジェクトボタン」がどこにも無いのである。一度テープを入れたら、もう取り出せないというのは変である。ネットで取扱説明書をダウンロードして調べてみたら、なんと「停止ボタン」と「取出しボタン」が兼用になっていた。ボタンの部品を一つ節約したらしい。このビデオデッキが製造されたのは二〇〇〇年で、マレーシア製となっていた。「ショパン・二つの愛の物語」というビデオテープを再生した。これは二〇〇〇年のショパン・コンクールとショパンとジョルジュ・サンドの引き裂かれた肖像画をテーマにしたドキュメンタリー番組である。番組の進行役はスマップの稲垣吾郎さん。コンクールには梯剛之さんも出場していたが、本選に進むことは出来なかった。日本人の最高位は6位であった。中村紘子氏も審査員として登場していた。番組を制作したのは民放の日本テレビで、当時のコマーシャルも懐かしい思いで見た。地上波がデジタル化された現在は、更なる経済状況の悪化で番組の制作費が無くて、タレントたちを集めたお遊びのバラエティ番組が氾濫している。二〇〇〇年問題の頃は、クラシック音楽の番組が本当に多かったと思う。当時は五年に一度のショパン・コンクールの開催に合わせて、クラシック音楽関連の番組が一時的に増えていたのであろうか?。3倍モードで録画していたテープは、トラッキング調整をしても画像が安定しない。S−VHS標準モードで録画していたテープは、今でも綺麗に再生が出来る。一〇年以上も経過すると、頭の中の記憶が消去されかかっているので、一度観た番組でも新鮮に感じられる。       平成二三年九月七日(水)

   「アマデウス」
 保存しているVHSテープの中に、NHK・BS2で放送された「モーツァルトへの旅」という番組が有った。これを観なおしてみると、内容がとても新鮮に感じられた。ブルーアイランド氏の著書「モーツァルトに会いたくて」を読んだ所でもあり、久しぶりにDVDで映画「アマデウス」を観なおしてみた。最初に作品を観たときには、殆ど理解出来ていなかった部分が多かったことに気付く。この映画は一九八四年の作品である。サリエリの語りを通してモーツァルトを描く手法で作られており、最初に作品を観た時には、サリエリを批判的に観ていた。しかし今回、作品を観なおしてみるとサリエリの気持ちが良く伝わって来た。妻、コンスタンツェが内緒で持ち出して来たモーツァルトの楽譜をサリエリが見て、その奥に究極の美が流れているのを感じ取って涙を流すシーンがある。彼にとって、モーツァルトの音楽は神からのメッセージであった。それ故にモーツァルトへの嫉妬が神への憎しみとなって、十字架を燃やしてしまう。結局、それは自分自身を燃やしてしまう結果に繋がったのである。       平成二三年九月六日(火)

   十年一昔
 フジ子・ファンになってから十年以上になる。フジ子さんのピアノを聴いて、クラシック音楽の素晴らしさを知ったのだと思う。それから沢山のCDや本を購入したり、音楽番組を録画してきた。それが今では膨大な量になっている。ビデオデッキは高速回転するヘッドで読み取るから、テープとヘッドは互いに磨耗し合っている。ビデオデッキは消耗品と考えるのが妥当なのだろう。理想的にはビデオテープをDVDにダビングすれば良いのであるが、これを実行するには結構な手間と時間がかかる。これまでに収集したCDやビデオを再生しないで保存しているだけならば、それはただのコレクションに過ぎない。十年前に自分はどのような音楽に感動していたのかを確認してみたい。それは旧友との再会を果たすようなものである。デジタルVHSテープは一本で十二時間以上の録画が可能である。私は二〇〇本近くのデジタルVHSテープを持っている。これらをすべて観なおすには、どれほどの時間が必要なのだろうか。       平成二三年九月五日(月)

   ベートーヴェン「不滅の恋」
 オークションで落札した中古ビデオデッキの到着を待たずして、「不滅の恋」のビデオを再生した。読書と同じで、ビデオも観なおす度に新しい発見がある。作品の中でベートーヴェンが「音楽とは、聴く者を作曲家の心の中に引きずり込むことである」と述べていた。確かに私達が聴く音楽は、作曲家が創造した作品である。聴き手は作曲家がどのような状態で曲を作ったのか、作曲者の心情を追体験することになる。しかしながら、明るくて楽しそうな曲が絶望の深淵から創られることがあり、その反対に暗くて悲しそうな曲が華やいだ気持ちの中で創られることもあるらしい。私が観たビデオは、何年も前にNHK・BS−2で放送された作品だが、地上波でこのような作品が放送されることは有り得ない。「不滅の恋」のテープを探していたら、録画したことも忘れたような作品が随分と有った。今は左足が不自由だから、図書館通いは断念をしている。左足が回復するまでは、自宅の蔵書を観なおすことにしよう。       平成二三年九月四日(日)

   不滅の椅子
 グレン・グールド27歳の記憶「グレン・グールド オフ ザ レコード オン ザ レコード」のビデオ作品を久しぶりに観た。私はまだまだ沢山のビデオテープを所有しているが、最近はテープを再生することを控えていた。現在、完全に動作しているビデオデッキは、日立のデジタルVHS機だけである。このデッキのヘッドが磨耗してしまうと、もう修理は出来ないことが分かっている。デジタルVHSの画質は、DVDと同等以上である。デジタル記録をしたテープも沢山保存をしているので、古いテープはこのデッキで再生したくないのである。古いビデオテープを再生するためには、もう一台別のビデオデッキが必要である。先日、オークションで格安で落札して送られて来た中古のビデオデッキは、本当に酷いものだった。ヘッドが完全に磨り減って画像がぶれて安定しない。テープは途中で止まってしまった。すぐに「燃えないゴミ」として処分をした。懲りずにまた別の中古ビデオデッキをオークションで落札した。今度はメンテナンス済みの完全動作品であるから期待をしている。図書館でビデオ作品を借りて来る前に、自分が保存しているビデオテープを観なおしたいと思う。グールドの椅子は不滅である。彼は完全主義者であり、録音が気に入らないと何度でもやり直しをする。果たしてレコードを聴く人は、彼ほどに音色を識別出来たのであろうか?では、彼は誰の為に演奏をしていたのだろう。それは音楽の為であったとしか言いようが無い。そういえばベートーヴェンの「不滅の恋」も、ビデオで録画していた筈である。落札したビデオデッキが届いたら、「不滅の恋」のテープを再生してみたいと思う。私の目と耳がもっと磨耗してしまう前に・・・。       平成二三年九月三日(土)

   アート・オブ・ピアノ
 レーザーディスクで昔の作品を観ていたら、久しぶりにビデオデッキを回してみたくなった。私が所有しているビデオテープの中でも「アート・オブ・ピアノ〜20世紀の偉大なピアニストたち〜」は、私にとってバイブル的な存在である。発売された当時、このテープは六千円で売られていたが、現在はDVD化されていてもっと安く入手することが出来る。中村紘子の著書で述べられていた「ハイフィンガー奏法」と思われるピアニストの演奏を見ることが出来る。音声はモノラルであるが、演奏の迫力は十分に伝わって来る。一九三六年のパデレフスキから一九七〇年のアラウまで、総勢一八名のピアノの巨人たちが、ピアノの歴史を演奏で伝えている。オープニング・シーンではベートーヴェン:ピアノ・ソナタ「熱情」が巨人たちのリレー形式で演奏されていて、その迫力に圧倒されてしまう。私にこの作品を紹介してくれたフジコ・ファンの方には、今も深く感謝をしている。これはピアノ・ファン必見の名作であると思う。       平成二三年九月二日(金)

   「モーツァルトに会いたくて」
 ブルーアイランド氏こと、青島広志氏の著書を読み終えた。映画「アマデウス」を観ていたので、大体の流れは理解出来ていたつもりだったが、未知のことが沢山紹介されていた。本書ではモーツァルトが秘密結社「フリーメーソン」の会員だったことや、「レクイエム」がドロドロとした諸事情の中で無理矢理に完成(?)された話などが興味深かった。モーツァルトの作品は基本的に明るいイメージがあり、ベートーヴェンの作品とは対照的であると書かれていた。前者は長調の作品が多く、後者は短調の作品が多いそうである。モーツァルトの音楽にはデジャブ効果があると言われていて、どこかで聴いた事があるような、期待したとおりのメロディが続くので安心することが出来る。それが「癒し」として、モーツァルトの音楽を聴くとリラックスが出来る所以なのかも知れない。二歳半になる幼児にモーツァルトを聴かせてみたら、首を動かしてリズムをとっていた。映画「アマデウス」をもう一度観なおしてみたい。       平成二三年九月一日(木)

   MADONNA
 中古のレーザーディスクプレーヤーを入手した。これはパイオニアが最後に生産したシリーズの機種である。手持ちのディスクを再生してみた。一九八七年にマドンナが来日した時のライブディスクで、価格は七千八百円だった。実に二四年が経過しているのだが、ディスクは綺麗に再生することが出来た。直径三〇cmの円盤が唸りながら回転している。トレーがとても大きくて、子供が椅子と間違えて座ってもおかしくない。実際、そのようなケースは多かったと思う。レーザーディスクはDVDが出現するまでは、ハイテクを駆使したメディアの最高峰として一世を風靡していたのだった。そして衰退も早かった。その原因の一つに、プレーヤーの故障率が高かったことが推測される。私が持っていたLDプレーヤーは、トレーが開かなくなってしまった。実はこの故障が一番多いそうである。そしてソフトが大きくて高価だったことも、レーザーディスク離れに拍車をかけたと思われる。私が購入した機種はCDも再生できるが、音質は今まで使用していたCDプレーヤーよりも格段に良い。CDプレーヤーとしての活躍が期待できる。極めて残念なことだが、当地の図書館では、レーザーディスクは「館内鑑賞のみ」となっていることが判明した。DVDもCDもVTRもカセットも貸し出せるが、レーザーディスクは貸出対象外となっている。その理由はよく分からないが、機器からディスクが取り出せなくなったり、傷を付けてしまう事故が多発したり、色々な経緯があって貸出禁止になったのだろう。ブルーレイの時代に、古いレーザーディスクを楽しむのも捨てたものではない。当時のマドンナ旋風は本当に凄かったと思う。二四年前のディスクを観ていると、芸術性の高い作品は、時間が経過しても感動はそのまま残されている。今となってはレーザーディスクのソフトは入手困難だが、どこかで安く売ってたら購入してみようと思う。       平成二三年八月三一日(水)

   下を向いて歩く
 左足の小指の骨にダメージを受けたので、右足には今まで以上の負担がかっている。その結果、右足の膝と腰に痛みを覚えるようになった。家の中でも下を向いて移動しないと、何かに足を引っ掛けて躓く危険がある。外出するときは更に危険度が増して、何でもないような段差に躓くことがある。反射的に足を出せれば転倒を回避することも可能だが、ダメージを受けている足では支えることが困難である。人の身体は二つで成り立っている。両目、両耳、両手、両足でバランスをとっている。この左右のバランスが崩れると、極めて不自由な思いをすることになる。整形外科の医師からは「しかめっ面をしたり、歯を食い縛るような状況に身をおいてはいけない」と忠告を受けている。骨が治癒をする前に、痛みを堪えて歩き続けたり、荷重をかけてしまい、手術を余儀なくされるケースが多いそうである。手術を受けるのは嫌だから、しばらくは下を向いて歩くしかないだろう。       平成二三年八月三〇日(火)

   歌劇「イーゴリ公」全曲
 図書館で借りた二本組VTR「イーゴリ公」は、一九三分の長時間作品である。日本語字幕付きだったので、歌詞の内容もよく分かって大変に面白かった。オペラ作品を完全な形で観たのはこれが初めてである。有名な「ダッタン人の踊り」は、ネット上の動画で色々な団体の様々な演出で観る事ができるが、本VTRの英国ロイヤル・バレエ団の演技は本当に素晴らしかった。今まで見た作品の中で最高だと思う。オペラの音楽は、作品全体を見ることによって、本当の良さが伝わって来ることがよく分かった。このVTRはコヴェント・ガーデン王立歌劇場でのライヴが収録されており、制作は一九九〇年二月となっている。ビデオ作品で観てもこれほど素晴らしいのだから、劇場で観たらどんなに感動することだろうか。言語はロシア語だったが、歌い手の歌唱力が素晴らしいので、存分に堪能することが出来た。音楽芸術の最高峰はオペラ作品だと言われているが、今後もモーツァルト作品や沢山のオペラを楽しみたいと思う。       平成二三年八月二九日(月)

   スペースキーの奇跡
 日本語入力に於いて、スペースキーの役割は極めて重要である。空白を表示する他に、入力した文字を変換するキーとして用いることが多い。先日、突然にスペースキーが不調となった。五回ほど押さないと反応しない。旧型PCを使っていた頃、このような現象に遭遇した場合はキーボードを清掃すれば解決することが多かった。実際に埃や異物がキーの動作を阻害していることがあった。今回も清掃すれば直るかも知れないと思い、キートップを無理矢理に引っこ抜いてみた。それは本当に無理矢理であった。バキッという音がして本体からキートップが離れたのである。そこで私は思い出した。このキーボードは薄型のパンタグラフ式であった。本体に残された二つのパンタグラフを見て呆然とした。清掃後にどうやって取り付け直したら良いのか、まったく見当が付かない。以前使用していたキーボードは、外したキートップを上から押さえ込めば簡単にパチッと元に戻ったのである。パンタグラフには四つの軸があり、それが二つ付いているから合計八つの軸をはめ込まなければならない。これはどうやっても無理な話である。パンタグラフは開いた状態でなければ、軸をはめることが出来ない。私は何度も何度も挑戦してみたが、その度に挫折をした。このキーボードは、ヨドバシカメラの店頭で実際にキータッチの感触を試して選んだ特別な存在である。手に馴染んでいるだけに何としても復活させたかった。無理を承知で色々な方法で挑み続けた。まさしく発狂する思いで取り組んだのである。小さくて細いマイナスドライバーを使い、パンタグラフの左側の軸を抑えて、それが離れる直前に右側の軸を押さえ込むことにより、ついにスペースキーのキートップは元の状態に戻った。この作業は、もう二度と再現ば出来ないと思う。キーを押してみると、快適に動作して変換をしてくれた。今まで当たり前のように使っていたスペースキーが、無くてはならない存在であることを強く認識した。スペースキーは、キーボードの中で一番使われているのかも知れない。キーボードが不調になっても、パンタグラフ式の場合にはよほどの覚悟で清掃することが必要である。それにしても良く元に戻せたものだ。スペースキーは偉大なり!       平成二三年八月二八日(日)

   酸 素
 日野原重明先生が「酸素は見える?」と子供たちに問いかける。子供たちは「見えない」と答える。これは以前、NHKテレビで放送されたドキュメンタリー番組の中でのワンシーンである。酸素は見えなくても存在している。けれどそれは、あまりにも当然のことなので、普段から酸素を意識して空気を吸い込むことは無い。考えてみると「あるもの」は意識せずに「ないもの」を意識することが多い。左足の小指は、普段の私にとってあまり意識されない存在であった。小指の骨を折ったことで、大変に不自由な思いで毎日を過ごしている。今までのように徒歩で図書館に行くことが出来ない。図書館の往復は車を利用することになる。図書館の中がとても広いことを意識していなかった。  大切なものは見えていないが、無くてはならない存在であった。今日は図書館で「イーゴリ公」と「白鳥の湖」のビデオテープを借りて来た。レーザーディスクは、まだ借りることが出来ない。LDプレーヤーが欲しい。       平成二三年八月二七日(土)

   艱 難 辛 苦
 彼女の左脇腹に腫瘍が出来て、それが段々と大きくなるにつれて筋肉にまで届いて激痛をもたらすようになった。意を決して手術で腫瘍を除去することにした。入院期間はおよそ一週間の予定である。彼女が入院する前日に、職場の上司から転勤命令が出ていることを告げられ、本社に赴いて辞令を受ける。入院前日に彼女の父親は左足を骨折した。父親は健康診査で右肺の下に陰影があると医師から告げられていた。  手術の翌々日、驚くべき事件が起きる。手術入院で家族が病院に集まっている間に空き巣が入り、金品を持ち去られたのである。実際に何が無くなっているのか、入院中の身では確かめる術が無い。彼女には二歳半になる娘がいる。入院している間は、娘を実家で預かることになっていた。娘の様子がおかしいので熱を測ってみると40度近い熱である。いつもお世話になっている小児科は夏休みで休診中である。神様、ベッドの上で艱難辛苦に耐える彼女を救い給え。外はゲリラ豪雨で道は冠水している・・・。       平成二三年八月二六日(金)

    LDプレーヤー
 音楽芸術の中でも最大の感動をもたらすのは、舞台作品であるという。これを映像で見たいと思う気持ちは強まるばかりである。しかしながら、現在、レーザーディスクを再生できるプレーヤーは生産されていない。中古品を探すしかないが、これが極めて不確定要素が強い。完動品の場合はそれなりの値が付いている。格安で売られている中古品は凄まじい内容である。「電源が入りません」、「トレーが開きません」、「再生できません」、「ボタンが反応しません」等々のジャンク品である。どう見ても廃棄物としか思えない品が数千円で売られているが、これは部品取りとしての需要があるらしい。今は手に入らない製品であるLDプレーヤーを入手するには、冒険をしなければならない。オークションに参加をするのである。うまく落札できたとしても、中古品なのでそれなりの覚悟が必要である。運命の時は迫っている。果たしてヴェルディの歌劇「アイーダ」〜大行進曲のラッパは鳴らせるのであろうか。       平成二三年八月二五日(木)

   レーザーディスク
 「オペラ・バレエ名曲集」のCDを聴いていると、映像でオペラとバレエを楽しみたいと思う気持ちが強くなってきた。残念ながらNHKの地上デジタル放送では、殆どまったく歌劇やバレエが放送されていない。DVDで発売されている作品もあるが、沢山の作品を購入するには金銭面で限りがある。そこで図書館で借りることを考えたが、クラシック音楽の作品について調べてみると、ビデオテープやレーザーディスクでは沢山の作品が保存されているが、DVDでの蔵書は大変に少ないようである。  レーザーディスクを再生するにはLDプレーヤーが必要だが、コレが問題なのである。私が所持していたLDプレーヤーはトレイが開かなくなり、廃棄物として処理した。今は中古のLDプレーヤーを探しているが、本体のサイズが大き過ぎて通常のラックには入らない。動作音が大きい点も気になっている。時代に流された過去の機器を購入するべきか否か、思案をしている。LD時代とは何だったのだろうか。       平成二三年八月二四日(水)

   恐怖の正座
 本日は来客が有って、私は正座で応対をしていた。話が弾んで大分経った頃、私はお客様に冷たい飲み物を出そうとして立ち上がった。その瞬間、足が酷くしびれて感覚が無くなっていることに気が付いた。痺れはすぐに消えると思い、普通に歩いてみた。ところが、足の感覚が戻らずによろけてしまった。お客様の上に倒れるわけには行かない。身体を捻って壁に寄りかかったところで「バキッ!」という大きな音がした。  お客様を送り出した後で左足に痛みを覚えた。痛みを堪えて外出をした。靴が履けないほど、左足は腫れていた。帰宅すると、更に足は膨れ上がっていた。流石さすがに心配になって、整形外科で診察を受けて来た。レントゲン撮影の結果、左足の小指の骨が割れて亀裂が入っていることが判明した。「今日から五日間が勝負である」と医師から告げられた。最悪の場合、亀裂が入った骨が分離してしまうそうである。足の痺れを感じたら、時間をかけて感覚を戻す必要があることを学んだ私は松葉杖の身となった。       平成二三年八月二三日(火)

   「手足のないチアリーダー」
 一昨日から昨日にかけて、今年も日本テレビ系列で「24時間テレビ」が放送された。私は数年前に放送されたこの番組を通して、佐野有美さんの姿を知ったのである。主婦と生活社から二〇〇九年一一月に本書が発行された。「私は特別なんかじゃない。ふつうの女の子です。」と帯に書かれているように、ページをめくる度に、彼女がふつうの女の子であることが伝わってくる。  本書を読み終えて印象深いのは、彼女が入浴する際に、鏡に映った自分の姿を見て愕然とする部分である。「あるべきものがない」自分の姿を客観的に捉えた感想を素直に述べていた。そのような自分と仲良くしてくれた仲間への感謝の気持ちに気付く。先天性四肢欠損症の彼女は、生まれてからずっと手足がない生活を過ごして来た。鏡を見るまで手足が「無い」という感覚が無いとしたら、彼女にとってはそれが普通なのだろう。「あるべきものがない」けれど、彼女には笑顔と声がある。私は「あるもの」と「ないもの」に気が付かないで、日々を過ごしているように思う。       平成二三年八月二二日(火)

   歌劇「イーゴリ公」より
 レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏による「オペラ・バレエ名曲集」を聴いている。フジコさんがオーケストラと共演をされるコンサートでは、ピアノ曲の他にオーケストラの演奏による名曲を聴くことが出来る。私が行ったコンサートでは、ボロディンの「イーゴリ公」が演奏された。フジコさんのコンサートで演奏される曲は、タイトルを知らなくても耳にしたことがある曲が多い。クラシックのスタンダードな名曲を生演奏で聴くことが出来るのも、「フジコ・ヘミング コンサート」の魅力である。この曲もコマーシャルに使われていたようで、馴染みのある旋律を生演奏で聴くことが出来た。  CDの「ダッタン人の踊り」に、すっかり夢中になってしまった。何度聴いても飽きない、不思議な魔力を持った名曲である。「ダッタン人」がどのような人種なのかも知らないが、曲を聴くと何故か血が騒いで来る。「オペラ・バレエ名曲集」に心を奪われてしまった。       平成二三年八月二一日(日)

   浪漫的打弦楽器人
 不思議に思うのは、フジコさんの演奏に心を動かされてしまう理由である。感動する理由を探すのは難しいが、そのことを少し調べてみたいと思う。コンサート会場で気が付くのは、演奏をされているフジコさんと、聴衆の呼吸とが一致をしていることである。会場の二千名が同じ周期で揺れているのである。  NHK教育テレビで放送された番組の中で、フジコさんがクリスマスツリーに飾り付けをしているシーンがある。「永遠の一六歳」であるフジコさんは、いつも夢を見ながら想いを描いてきた。彼女は「夢見る夢子さん」なのだ。そして私も「夢見る夢男ゆめお」なのである。フジコさんの演奏は、とても浪漫的ロマンチックである。同じ曲を他のピアニストの演奏で聴くと、付いていかれないときがある。確かに正確無比な演奏であるが、私にはそのことしか伝わって来ない。今日はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」を聴いた。フジコさんもバレエを好まれているそうだ。       平成二三年八月二〇日(土)

   心の詩〜思い出のメロディ
 一二曲が収められたCDアルバムが、二〇〇三年のクリスマスに発売されている。フジコさんの演奏は収録されていない。人生でご自身が感動をしたクラシックの名曲を、フジコさんのコメント付きでまとめたアルバムである。「亡き王女のためのパヴァーヌ」はフジコさんのピアノ曲でお馴染みだが、このアルバムではオーケストラ編曲である。  フジコさんの音楽感性を知る上でも貴重な一枚と言えるアルバムであるが、曲に対するコメントがフジコさんらしい。フォーレの<レクイエム>はフジコさんが大好きな曲で、「死ぬときにはこの曲を聴きながら死にたい・・・」と述べておられる。  私は小林研一郎指揮の「シベリウス 交響曲 第2番」のアルバムを聴いたが、収録されていた「トゥオネラの白鳥」は素晴らしい曲だと思っていた。フジコさんも一二曲の中にこの曲を挙げている。ドビュッシーの夜想曲「シレーヌ」は、私も若い頃に聴いて感動をしていた。機会があれば紹介された一二曲をもっと深く聴いてみたいと思う。       平成二三年八月一九日(金)

   新聞は素晴らしい
 テレビの番組を理解するには視覚と聴覚が必要である。読書は視覚で、ラジオは聴覚で事象を捉えて自分の頭で思い描くことが出来る。このことは音楽を楽しむ上で大変に良い訓練になると思う。新聞は、この世の森羅万象すべてを伝えてくれるスーパーメディアであると思う。  新聞を両手で広げたままで読むと、記事を読む間に腕が疲れてしまう。折り返して読もうとすると、真ん中あたりが持ち上がってそれを修正するのに手間取ることが多い。ホッチキスで閉じることを試してみたが、古紙として出すときに金属が混じるのは宜しくない。楽に折り返すにはどうしたら良いのか試行錯誤してみた。  新聞は折り畳まれて届く。折り癖が有るから折り返しにくいのだと思い、逆に折り返してみた。真ん中のページで開いて反対側に折り返して押す。上下の折り目も、「やまおり」を「たにおり」にする。最初にこの作業をすると、新聞は楽に折り返すことが出来る。真ん中のスポーツ欄から読み始めるのもまた面白いと思う。       平成二三年八月一八日(木)

   雲 散 霧 消
 新聞のテレビ番組表を見ると、五ヶ月前とは随分と番組が違って来ている。現在放送されている殆どの番組は、バラエティ部門の範疇に入るらしい。東京の地上デジタル放送は、地方局を含めると八局以上が電波を出し続けている。番組を制作する為に、多くのスタッフや出演者が休む暇も無く働いている。番組を送り出したら、次の番組制作に取り掛かる。電波の受け手も忙しい。一つの番組を見たら、また次の番組を見る。後から後から新しい番組が送られて来る。そうして何が残ったのか・・・。  一つの番組は放送が終わると雲散霧消うんさんむしょうしてしまうのである。これはテレビの宿命である。テレビ局から一方的に送られて来る情報は、受信者が必要としない部分が沢山有る。  読書の場合には、同じ行を何度も読み返して考えたり、思いを巡らせることが出来る。一冊の本を読んだ後には、何かが残されているように思う。ラジオ番組も、聞きながら考えることが出来る。読書とラジオは音楽の仲間である。       平成二三年八月一七日(水) 

   G−PROTECTION
 一〇年ほど前に購入したSONYのCDウォークマンには、当時に開発された音飛びガード機能が備わっていた。ポータブルCDプレーヤーなのだから、歩きながらでも安定した再生が可能となる耐震機能が必要不可欠と考えられた。ところが私はその音質に不満を抱いた。今まで使っていた同社の携帯CDプレーヤーの方が、音が良かったように思えたのである。前の機種が壊れて買い換えたのだが、新しいプレーヤーでは再生音がクリアに伝わって来ない。私はそれを値段のせいであろうと判断していた。  あれから一〇年も経ったのだから、最新の機種に買い換えをしても良いと思い、色々と調べていた。すると、とんでもない記述を見つけたのである。G−PROTECTIONはCDを先読みしてメモリーをしながら音飛びを防止しているので、高音質を望む場合にはG−PRO機能を解除した方が良いと言うのである。ON−OFFの切替えスイッチは、蓋を開けた所に有ると書いてあったので、調べてみると確かにスイッチが有った。状態はG−PROがONになっていた。スイッチをOFFに切替えてからCDを再生してみた。一万円の高音質イヤホンから、私が望んでいたクリアな音が聴こえて来たのである。蓋を開けた所に切替えスイッチが有る事を、私は今まで全く知らなかった。取扱説明書を詳しく読んでいなかったのである。  最新のSONY CDウォークマンでは、更に進化したG−PROTECTIONが搭載されている。通常モードのG−PRO1と耐震機能を強化したG−PRO2である。このどちらかを選択することは出来るが、G−PRO機能を完全に解除することは出来ないそうである。私が今持っている旧型の機種では、G−PROをOFFにすることが出来る。音飛びガード機能が音質と引換えに成立しているとしたら、多少の音飛びが有ったとしてもG−PRO機能は使いたくない。もっとも、いまどきCDウォークマンを持ち歩いている人は珍しい。私も携帯音楽プレーヤーを持ってはいるが、CDを直接再生するCDウォークマンの方が音が良いと思う。今となっては貴重な機種となった本体の手垢を懸命にクリーニングする私なのであった。       平成二三年八月一六日(火)

   ショパン ピアノ協奏曲 第一番
 何枚かのCDを聴いてみたが、同じ曲でも印象が随分と違っている。曲が始まってしばらくの間はオーケストラの演奏が続き、そしてピアノの独奏が始まる。ショパンの協奏曲にあっては、オーケストラの演奏はピアノの独奏を引き立てる役目を担っているそうである。従ってオーケストラがあまりにも力強い演奏をしている場合には、ピアノがオーケストラの引き立て役になってしまうことになる。  もう一つ私が気にしているのは、ピアノの入り方である。ピアノが待ちに待った後で「お待たせ〜っ!」とばかりに強引に入って来るような演奏がある。私が聴いた中では、一九八四に発売されたCDがそれに該当する。全体的にピアノの音色がかなりヒステリックで、聴いているうちに頭が痛くなって来るのである。  二〇一〇年にSony Music Japan から発売された、小山 実稚恵さんの「ピアノ協奏曲 第一番」は極めて優雅な演奏である。穏やかに支えてくれるオーケストラの演奏が迎えに来た瞬間、自然にスッとピアノの独奏が始まる。入り方のバランスが絶妙であって、最初の第一音は少し抑え気味にして、次のフォルテでしっかりと立ち上がるのである。もうここからはピアノの演奏に引き込まれてしまう。小山 実稚恵さんの音色はクリアで繊細であって、音の芯がしっかりとしているように感じられる。音色の「優しさ」から来る「強さ」が、女性的な演奏をかもし出していると思う。  CDは発売された年代によって録音技術に相違があると思う。最近のCD技術は飛躍的に発達をしているそうである。六六回目の終戦記念日であるこの日は、ショパン ピアノ協奏曲 第一番のCDを聴いて過ごした。       平成二三年八月一五日(月)

   佐野有美/歩き続けよう
 今朝の東京新聞「こちら特報部」のページでは(ニュースの追跡)として、佐野さん(二一歳)が六月下旬に歌手としてデビューしていた記事を報じていた。七曲入りのアルバム「あきらめないで」とシングル盤「歩き続けよう」がテイチクレコードから発売されているそうである。彼女は「車いすのチアリーダー」として話題になっていたので、私もテレビで彼女の姿を見た記憶がある。そのときにはとても信じられないことだったので深い衝撃を受けた。  「歩き続けよう」がYOUTUBEで流れている。彼女の笑顔と歌声に、私はまたしても深い衝撃を受けた。ほんの小さなつまらないことで、悶々とした日常を送っている自分が恥ずかしい。先天性四肢欠損症の彼女は、声を出すことで自分を生かす道を見つけた。自分に無いものは、自分に有るもので補うことが出来る。彼女の場合はそれが「笑顔」であり「声」なのであった。彼女の動画を何度も見返したが、その度に色々な思いがよぎって来て涙を禁じ得ない。       平成二三年八月一四日(日)

   ブルー・アイランド氏
 太陽エネルギーの凄さを強く肌身で感じながら、今日も図書館に足を運んだ。途中で異様な光景に遭遇をした。太陽が照りつけているその真下で、家の玄関前に設置された電球が太陽光に負けじと明るく強く点灯していた。これぞまさしく「昼行灯ひるあんどん」である。電球に接続された自動点灯の光センサーが故障していると思われる。「ススメ一億節電だ」の精神が浸透している中で、これを放置している家主は非国民と言われても仕方が無い。  借りていた本は返却したが、引き換えにまた別の本を借りて来た。今度は音楽家、青島あおしま広志氏の著書二冊である。ご自身はブルー・アイランドと名乗っておられる。読み始めたばかりだが、音楽の話はまだ殆ど出て来ない。だからこそ、この先が楽しみなのである。本のタイトルは「青島広志でございます♪」である。       平成二三年八月一三日(土)

   無料貸出の本たち
 テレビのアナログ放送が停止されたことを機に、ここしばらくの間は図書館で借りて来た本を読んでいる。それにしても気になったのは、本への書き込みが随所に見られることである。文章に傍線を引いたり枠で囲ったり、借り手のやりたい放題である。しおり代わりにページの端を三角に折り返している箇所も目立った。特に私を呆然とさせたのは、ページの下部に口紅が付着していたことである。おそらく読書中の女性が本に顔を埋めて寝入ってしまったのではないかと思われる。次のページでは飲み物が付着したと思われる痕跡が気になった。  ある本は一ページ目をめくったらページが本体から離れてしまっていた。結局、この本は途中で読むことを諦めた。無料で貸出された本に対する借り手のマナーが守られていないのは非常に残念である。       平成二三年八月一二日(金)

   兵 站
 チェルノブイリ原子力発電所事故が発生したのは、一九八六年四月二六日であった。そして六月に「第八回 チャイコフスキー・コンクール」が開催された。その当時、中村紘子がどのような思いで第七回に続いて審査員としてモスクワに渡ったのかは、著書「チャイコフスキー・コンクール」で述べられている。さんざん迷ったが、それを決断せしめたのは安倍外相が五月の終わりにモスクワ訪問を実行したことによるそうである。  著者は現地でミネラル・ウオーターを手配していた筈なのに、実際に用意されていたのは「モスクワの水を煮沸したもの」だったそうである。今年は多くの外国人アーティストが日本公演をキャンセルしている。著者が一九八六年にモスクワ入りしたことは敬服に値する。因みに今日のタイトルは兵站へいたんと読む。       平成二三年八月一一日(木)

   楽しみながら
 本日、一年ぶりに「健康診査」を受けて来た。昨年の同じ時期と比べて体重は約7kg、腹囲は10cmも減少していた。今回は血圧も完全に正常範囲である。医師から「よく頑張りましたね」と言われた。砂糖入りのコーヒーを一日に五杯以上も飲み、間食をする生活とはこの半年の間、決別をしていたのである。  ところが、医師から思いがけない言葉を聞かされたのである。「楽しくなかったでしょう?」・・・確かに抑制した生活は楽しいと思う時間が無かったように思う。好きなコーヒーを飲んで、間食をしても構わないそうである。過剰に摂取したカロリーは運動で相殺することが出来る。間食と運動のバランスを要領良く保持して、楽しみながら健康管理をすることが大切だと教えて下さった。これで少し気が楽になったように感じられた。       平成二三年八月一〇日(水)

   五 時 間
 八日の深夜に再放送された「NHKスペシャル」を観た。日本に二つ目の原子爆弾が投下されることは、軍の諜報部が五時間も前にその情報を察知していたそうである。ところが報告を受けた参謀本部は警報の発令も迎撃機の発進命令も出せずに、広島に続いて長崎を二つ目の被爆地にしてしまった。「歴史に(もしも)は無い」と言われるが、その間に警報が出されていれば、犠牲となった多くの市民は防空壕や地下壕に避難して生き延びることが出来ていたのかも知れない。  福島の第一原発事故も政府の初動対応の遅れが大惨事を招いたと言われている。六六年前も現在も、優柔不断な「本部」の対応は同じだったのかも知れない。  今年は広島市長も長崎市長も、三つ目の「原子力」の犠牲地となった福島について式典で述べていた・・・。       平成二三年八月九日(火)

   総合芸術家
 NHK・Eテレ「N響アワー アートの巨人 手塚治虫〜生命のハーモニー」を観た。番組では手塚治虫と音楽との深い繋がりを紹介していた。私は二〇〇九年に江戸東京博物館で開催されていた「生誕80周年記念特別展 手塚治虫展〜未来へのメッセージ」の会場に行って、手塚治虫の凄さを多少は知っている積もりでいたが、音楽との繋がりがここまで深いことには驚嘆をした。番組の中で解説者が手塚治虫を「総合芸術家」と評していたが、本当にその通りだと思う。  アニメーション「森の伝説」は「チャイコフスキー 交響曲 第四番 第四楽章」に合わせて創られた。絵画から楽想を得て作曲された音楽は多いが、手塚治虫は音楽から絵画的な構想を得て視覚で音楽を表現してみせた。まさしく「総合芸術家」であったと言えると思う。       平成二三年八月八日(月)

   ただの名演
 「コンクールでお会いしましょう」(著者:中村紘子)の一五六ページでは、フジ子・ヘミングの活躍についても言及をしている。NHKのテレビ番組で「感動の人生物語」が放送され、一夜にしてセンセーションをまきおこした。これは音楽的な感動の前にメディアによって増幅された感動的な人生物語が「プラスアルファ」として介在したからだとしている。時代がメディアによる「プラスアルファ」を要求している中で、それらを持たない若いピアニストたちや権威有る国際コンクールで上位入賞することを目指して日夜研鑽けんさん努力を続けている若者たちが、如何にしてクラシック音楽への夢と情熱を地道に保ち続けることが出来るのかが、今後のコンクールの課題でもあると著者は述べている。  映画「シャイン」の大ヒットで一躍有名になったデヴィッド・ヘルフゴットについても述べていた。著者は映画「シャイン」も見ていないし、フジ子・ヘミングの演奏も聴いたことが無いと述べている。著者はメディアによる「プラスアルファ」が介在することを否定しているのでは無く時代の変化として認めている。  ところで「音楽的な感動」と「感動的な人生物語」との関係であるが、私は両者を結びつけることには異論がある。名も知らぬ作曲家や演奏家の音楽に感動することも有るし、「人生物語」に感動しても音楽的な感動がまったく得られない場合も有るからだ。音楽は演奏をする人の本性が溢れ出て来るものだと思う。「ただの名演」に感動が出来ないのは、その演奏家の本性が聴き手に受け容れられないからだと思う。  一九八四年にCBS/SONYから発売された「ショパン:ピアノ・コンチェルト第一番」の演奏を聴いてピアノの音が嫌いになり、それから一〇年近くも私はクラシック音楽への興味を失った経緯がある。著名な演奏家の「ただの名演」にまったく音楽的な感動が得られなかったばかりか、トラウマを残したのである。  私はこの曲を二〇〇三年にデッカから発売されたフジコ・ヘミングの演奏と聴き比べてみた。第一楽章の後半でその差は歴然として来る。私はフジコさんの演奏によって、極めて大きい音楽的な感動を得ることが出来たのである。  NHK名作一〇〇選「NHK特集 ショパンコンクール’85 〜若き挑戦者たちの20日間〜」のビデオを観た。一九八五年にポーランドで開かれた「ショパンコンクール」ではスタニルラフ・ブーニンが優勝をした。彼の演奏は速すぎて「これは本来のショパンではない」と言う声もあったそうである。この大会には日本人が二七名参加しており、小山実稚恵さんが四位に入賞したのである。その繊細なる演奏には私も感動を受けた。現在も大活躍をされておられることが大きく頷ける素晴らしい演奏であった。       平成二三年八月七日(日)

   はだしのゲン
 六六年前の八月六日午前八時一五分、想定外の新型爆弾が広島の空で炸裂した。私は何年も前にテレビで放送されたアニメ版「はだしのゲン」を見て、歴史の教科書と違い生々しく事実が伝わって来たことに衝撃を覚えた。  今朝のTBSテレビで、原作者の中沢啓治さんが初めて広島平和記念式典に出席されることを知った。これまで出席をされなかった理由を述べられていたが、鐘を鳴らして鳩を飛ばすことに違和感を禁じ得なかったそうである。東日本大震災は天災であるが、福島第一原発の事故は人災である。「天災」から「二」を抜いたら「人災」になるという風刺画を新聞で見た。「人」が手足を伸ばして「大」になっても、その上の領域を操ることは出来ない。「天」の力には敵わない。そして想定外の結果を招いたのである。       平成二三年八月六日(土)

   三人の指揮者
 八月一日(月)NHK総合テレビで放送された「DEEP PEOPLE」を観た。今回は「スーパー指揮者」として三人の指揮者が登場されていた。演奏中には見られない指揮者の表情が映し出されていたが、演奏をする楽団員の方々は指揮棒ばかりではなく表情も読み取りながら演奏をされているのだろうと思う。  今まで指揮者とオーケストラとの関係は「指揮者」が主導権を握ってそれを振りかざし、楽団員はその指示に従うというイメージを抱いていたが、番組を観るとそれは全く異なっていたようである。  “炎のコバケン”こと小林研一郎氏の品性にはほとほと敬服をした。丁寧なる言葉遣いと周囲への気遣いは、楽団員それぞれの演奏力を十二分に引き出せる結果を導いていると思う。唸り声については楽器の一部のようにも感じられた。グレン・グールドもデヴィッド・ヘルフゴットもかなり大きな唸り声で演奏をしており、私はそれもまた音楽の一部として楽しんでいる。  広上淳一氏は音楽を料理に例えて、指揮者はシェフであり楽団員は料理人であると説明をされていたが、確かにそうかも知れないと思った。  「楽譜」を忠実に再現することが指揮者の使命と考える下野竜也氏も素晴らしい。やはり根幹は楽譜であろうと思う。  番組では三人の指揮者によるベートーヴェン第九の「指揮比べ」でそれぞれの持ち味を解明していた。私はコバケンさんの解釈が、我がフジコ・ヘミングさんの演奏と通じる所が有ると感じた。フジコさんは「余韻」を大切にされているが、コバケンさんの「間」に対する考え方ももそれと同じように思える。フジコさんの演奏にはフジコ・テンポが有る。コバケンさんにもコバケン・テンポが有るのだと思う。「楽譜と違う」と言われようとも、その演奏を作曲者が聴いたら「それで良い」と言うのかも知れない・・・。       平成二三年八月五日(金)

   コ レ ナ ニ
 korenani.jpg  今まで使っていたコレの注ぎ口から水が漏れるようになってしまった。前述したように私は麦茶の代わりに紅茶のティーパックをコレに入れて、氷をたっぷりと加えてキンキンに冷やして飲んでいたのである。紅茶のティーパックは3〜4袋をコーヒーカップに入れ水を加え、電子レンジで加熱して色を出してからコレに入れるのである。  最初は注ぎ口からポタポタと漏れる程度であったのが次第に漏れる量が増えて、下にコップを置いても溢れてしまう程になった。それで買い替えを検討したのだがコレの商品名が分からない。本体には商品名らしきものが表示されていない。キャンプに行くときやスポーツの部活動等で使われている必需品であることは分かっているが、コレを何と呼ぶのが正しいのであろうか・・・。  大型店舗に行けばきっと売られていると思う。しかし私はネット通販で注文したいのである。それから私の暗中模索が始まった。色々な語句で検索してみたが出て来なかった。「給水ポット」「大型水筒」「給水タンク」「蛇口付きジャー」全部違う。そうしてようやくコレの名前を発見したのである。  「ウオータージャグ」または「ウオーターキーパー」または「ウオータージャグキーパー」で検索すればヒットする。注文したら翌日に届いた。受け取った箱があまりにも軽かったので違う商品が入っているのかと疑ったが間違いなくコレが入っていたのである。「ジャグ」とは「広口水差し」のことらしい・・・。       平成二三年八月四日(木)

   予備軍
 昨年の健康診査で「メタボ予備軍」と判定された。血圧も「高血圧症予備軍」的な数値であった。それで今年の一月から半年間の特定保健指導「健康チャレンジ」を続けて来たのである。  結果として体重は6kg減少し、腹囲も85cm以下となり、血圧も正常値を示すようになった。設定した目標は「コーヒーに砂糖を入れない」「間食をしない」「一日一万歩以上を歩く」の三点であったが、効果は顕著に出て来なかった。  ここ一ヶ月の間に突然、体重が下がり始めた。紅茶のティーパックを麦茶の代わりに使ってこれを飲み続けた結果だと思う。来週、健康診査を受ける予定であるが今度は何の「予備軍」になるのであろうか。自分の人生はこれまで「予備軍」であったような気がしてならない。       平成二三年八月三日(水)

   アナログ派
 七月二四日(日)の正午をもってテレビのアナログ放送は終了した。この日が来ることはかなり前から周知徹底されていたのであるが、当日になってから地デジ対応テレビを買い求める人が多かったようである。総務省では懸命に「地デジ化」を推進していたが「七月二四日の午後からはテレビジョンと決別をする」と表明した女性の記事が新聞に掲載されていた。「別にテレビが無くても構わない」というのが理由だそうである。そうなるとNHKの受信料はどうなるのだろうか。NHKでは「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」となっているので、アナログ波の停止で放送の受信が出来なくなれば受信契約の解約手続きをすることになる。  自分は何年も前から地デジ対応テレビを購入していたが「決別宣言」をされた方を見習いたくなった。従来はダラダラとザッピングをして電力を浪費していたが、本当に見る価値のある番組がどれほど有ったのだろうか。これからは番組をよくよくセレクトしてテレビジョンの電力を有効に活用したいと思う。  そうして私は地元の図書館に通うことになったのである。久しぶりに行った図書館で最初に手にしたのは中村紘子の著書『ピアニストという蛮族がいる』である。早速、借りてきて読んでみるとこれが結構面白い。フジコ・ファンの私であるが、NHK教育テレビでピアノのお稽古番組が放送されていた頃に抱いたヒロコチャンのイメージとはまた違っていて、独特のユーモアと加味されたスパイスを楽しみながら読み終えた。続けて読み終えたのは『アルゼンチンまでもぐりたい』である。読んでいる間はテレビを消しているので節電対策にもなる。       平成二三年八月二日(火)

   グレン・グールドの皇帝
 何故かベートーヴェン「皇帝」が頭の中から流れて来るようになった。私が最初に驚かされたのは、グレン・グールドの「皇帝」をテレビで観たときであった。それは今から何年も前にNHK-BS2で数日をかけて深夜に放送された「グレン・グールド フィルム・コレクション」という番組であった。  例の通りミケランジェリが突然に翌日のテレビ放送の演奏をキャンセルしたことにより、トロント在住のグールドが午前2時に電話で呼び出されて午前9時にスタジオ入りしたときの演奏である。「皇帝はもう何年も弾いていないよ。3分考えさせてくれ・・・」と言っていたそうである。  その前にグールドが「皇帝」について語っているシーンがあった。「皇帝」はピアノ付き交響曲であると理解することにより、オーケストラが主体となってピアノはその中の楽器の一つに過ぎないと心得て演奏をしたそうである。  古いビデオテープの中から探し出して久しぶりにグールドの皇帝を聴いた。高音域のクリアトーンが冴え渡り、左手で自らを指揮する彼独特のスタイルもまた私を楽しませてくれた。トロント交響楽団の指揮者のすぐ横で自分を指揮しているグールドは、音楽の為にピアノを奏でているそうである。聴衆の為でも自分の為でもなく、音楽の為に全精力を注いで演奏をするグールドは私にとって極めて印象深いピアニストであった。  発売されたばかりの筑摩書房「グールド伝」を図書館にリクエストして、一人目の読者として最後まで夢中で読んだことを思い出す。このビデオテープは「グレン・グールド/ベートーヴェンを弾く」というタイトルで市販されていたようである。図書館で借りられるかもしれない。       平成二三年八月一日(月)